第66話
達山が美咲の手を振り解こうと足に力を込めたが、逆に美咲は少女とは思えぬ力で達山を引っ張った。
布団から引きずり出されて畳に背を付けた達山に、美咲は先程と同じように跨る。そして抵抗する達山の肩を押さえつけ、涎を滴らせながら大きく口を開いた。暗闇の中で、達山の血に濡れた犬歯が光る。
美咲が再び達山に噛み付こうとした時、居間へと繋がる襖が勢いよく開いた。
「美咲!!!!」
開いた襖の先にはアヤがいた。
アヤは美咲に飛びかかると、美咲を組み伏せ、頬を掌で強く打った。
二度、三度、四度。
呆然としている達山の側で、アヤは美咲を叩き続ける。しばらくすると、客間には美咲のすすり泣く声が響き始めた。達山はただ、肩で息をするアヤの背を見つめる事しかできなかった。
その後、アヤは部屋の明かりをつけ、泣きじゃくる美咲を自分の部屋へ向かわせる。そして救急箱を持ち出し、美咲に噛まれた達山の胸を治療してくれた。皮膚を突き破る程ザックリと刻まれた美咲の歯型がやけに生々しかった。
治療をしながら、アヤは達山に何度も謝った。達山もアヤに美咲と交わった事を詫びたが、アヤはその事については何も思っていないようであった。自分の娘と達山がセックスをして何も言わないというのも異常ではあるが、それ以上に達山が気になったのは美咲の行動だ。なぜ達山を噛もうとしたのか。その事について何か心当たりがないか尋ねると、アヤはただ「あの子が弱かったのです」と言った。
「弱かった」その言葉の意味はわからなかったが、治療を終え、嗚咽を漏らしながら泣き出したアヤの姿を見ると、達山はそれ以上の追求はできなかった。
アヤは達山に「私ができる事であれば、お詫びに何でもします」と、言って、額を畳につける。達山が頭を上げさせようとするが、アヤは頑なに畳から額を離さない。すっかり参ってしまった達山は、一つ思いついた事を口にした。
「今度食事に行きませんか」と。
それはこの状況にあまりにもそぐわない言葉であった。達山自身もそれは自覚しており、自らの言葉を慌てて取り消そうとする。しかしその前に、アヤが唖然とした表情で顔を上げた。そして達山の目を見つめ一言、「喜んで」と言い、微笑む。
今度は達山が唖然とする番であった。
美咲の中に精を放った後に、アヤを食事へと誘う。達山は自身の倫理観が狂っていると感じた。
それは達山が元から狂った人間であったのか。それとも、この村の「風習」がそうさせたのか。
アヤの敷き直してくれた布団に横になり、達山は考える。アヤと美咲の行動と、二人との今後について。部屋にはまだ、あの香炉の匂いが漂っていた。
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