第65話


 達山を見つめる美咲の目の焦点は合っておらず、口の端から垂れた唾液が達山の胸に滴る。

 

 そして————


 達山は後悔と射精後の倦怠感に呑まれ、目を閉じて深く息を吐き出す。


 達山はこれからどうすれば良いのか分からず、取り敢えず空いている手で、まだ胸に顔を埋めている美咲の背を撫でた。美咲の背はじっとりと汗をかいており、熱を放っている。


 美咲もこの村の「風習」に従い、達山をもてなそうとしたのであろうか。


 哀れみのような、怒りのような気持ちが達山の胸に湧き上がった次の瞬間。


 ガリッ


 胸に鋭い痛みを感じ、達山は顔を歪めた。

 胸を甘噛みしていた美咲が、その顎に力を込めたのだ。


 ブツッ


 美咲の顎の力は尚も強まり、犬歯が皮膚を破り、肉に食い込む。最早甘噛みの程度ではなかった。暗闇で見えないが、出血は間違いないであろう。


 達山は焦る。自分の身に何が起こっているのか、美咲が何をしようとしているのか理解できない。美咲は猫のように達山の肩に爪を立て、更に強く噛み付く。


 あまりの痛みに、達山は美咲を強く突き飛ばした。


 ズルっ


 美咲の歯が達山から抜け、突き飛ばされた美咲は布団から畳へと転がった。

 達山が美咲に噛まれた場所に触れると、そこには傷というよりも穴に近い程はっきりと歯の跡がついており、歯が引き抜かれた時に皮膚がめくれたらしく、びらびらとした感触があった。


 達山は混乱しながら突き飛ばした美咲を見る。すると美咲は四つん這いになり、達山へと這い寄ってくる。美咲が何をしようとしているのか達山にはわからなかったが、達山は身の危険を感じて壁際まで後退した。


 名を呼んでも、美咲は返事をしない。まるで獣のように、達山を見据えながら歩を進めてくる。

 先程は見間違いかと思ったが、今は確かに美咲の目の奥で、何かが激しく蠢いていた。


 あれは何だ。


 恐怖と混乱で動けぬ達山の足首を、美咲の手ががっしりと掴んだ。



※カクヨム運営様の御指導の元、描写を変更しております。再度御指摘があった場合は早急に変更致します。

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