第111話
葉月の気配が去った後、茂木は数分待って襖の向こうに声をかけた。
「……翔子ちゃん」
しかし翔子からの返事はなく、茂木は僅かに襖を開けて外を覗く。そこには全裸でうつ伏せに横たわる翔子がいた。
「翔子ちゃん!」
茂木は押入れから出ると、虚ろな目をして口から涎を垂れ流している翔子の肩を揺する。反応が無いのでもしかしたら死んでいるのではないかと思ったが、翔子の身体は小さく痙攣しており、息もしているようだ。
茂木が翔子に上着を被せ、一階に降りてグラスに水を汲んでくると、翔子は上半身を起こして泣いていた。
「翔子ちゃん……ごめん」
茂木が翔子にグラスを手渡すと、翔子は震える手でそれを受け取り、水を一口飲んだ。そして咳き込むように吐き出す。茂木は翔子の背中を摩り、翔子が落ち着くのを待った。
しばらくして、落ち着いた様子の翔子は「大丈夫、これでよかったんです」と呟き、ふらつきながらも衣服を身に付ける。
本来なら茂木は、押入れから飛び出し、葉月を止めるべきだったのであろう。しかし、できなかった。翔子の「大丈夫」という言葉を聞いたからというのは言い訳だ。葉月は翔子の覚悟以上に翔子の肉体と精神を蹂躙しており、最後の方では翔子の嬌声は悲鳴へと変わっていた。それでも茂木が押入れから出なかったのは、「もしかしたら誘い出されているのではないか」という疑惑からだ。
茂木は葉月が翔子を犯した理由を知らない。
最初はただの演技ではないかと思った。翔子をピンチのように見せかけ、室内に隠れている茂木を自ら出てくるように仕向けているのではないかと。そうであれば茂木が襖を開けた瞬間、葉月はその場から逃げ出し仲間を呼ぶか、隠し持っていた刃物か何かで茂木を殺害していたであろう。そうなればもう拓海を助け出す事はできない。翔子も村を出られない。茂木は一時の正義感でリスクを取る事ができなかったのだ。
だがその決断は茂木に大きな罪悪感と、翔子にトラウマを植え付けた。香を焚いて昂ぶっていたならばともかく、素面の状態で姉と慕っていた相手に望まぬ快楽を気絶する程与えられたのだ。下手をすれば二度とまともに性を交える事などできぬかもしれない。それでもこの村にいれば、葉月はまた翔子の体を求めるであろう。翔子が壊れるまで。
これまで翔子は脱走者の気持ちであった。あわよくば逃げ出し、もし捕まっても連れ戻されるだけだと思っていた。しかし今はもう違う。拓海達と同じで狩られる側となったのだ。
「茂木さん、死んでも逃げよう」
翔子の言葉に、茂木はただ頷いた。
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