第34話

 絶頂の寸前で止められた拓海は、そのもどかしさに壁についた手に力を込める。そして促すように葉月を見た。葉月はしゃがみ込みながら挑発的な目で拓海を見上げており、拓海の股間を愛でるように、しかし絶頂に至るような強い刺激を与えぬように優しくさする。


 絶頂に至れぬままおあずけをくらっている拓海の口から切なげな息が漏れた。葉月は更に拓海の股間を撫で続ける。まるで拓海が自ら懇願するのを待っているかのように。それはまるで葉月に生殺与奪を握られているかのようで、拓海にとって酷く屈辱的に思えた。


「葉月ちゃん……」

 堪えきれなくなった拓海はただ一言、葉月の名を呼ぶ。しかし葉月はただ拓海を見ながら優しく撫で続けるだけで、絶頂には至らせてくれない。それは葉月に心を許さない拓海を責める、甘い拷問のようであった。

 拓海が奥歯を噛み締め、葉月に懇願するのを堪えていると、葉月の手が拓海の股間から離れた。


 葉月は立ち上がり「今夜、続きをしましょう」と告げると、何事も無かったかのように納屋の扉を開けて出て行った。

 葉月の背を見送った拓海は、腰から崩れ落ちるように座り込む。

 葉月は暗に「まだこの村にいろ」と告げていたのだ。そうすればもっといい思いをさせてやると。

 拓海の股間は相変わらず痛いくらいに固くなっており、やり場を失った性欲が拓海の中を駆け巡る。

 一刻も早くこの村を出るという決意は、早くもくじけてしまいそうであった。


 拓海は股間が静まったのを確認し、ジーンズを履いて納屋を出た。

 男とは悲しい生き物だ。ただ性をちらつかされただけで、こんなにも容易く心を揺るがされる。


 今の拓海はどうであろうか。

 葉月の言動と行動により、この村の異常が明らかになった。しかし、まだこの村に滞在し、今夜葉月と一夜を過ごしたいという欲がゴボゴボと湧き出てくるではないか。例えそれが刹那的な快楽であろうとも。


 拓海は頬を叩き、そんな考えを振り払おうとする。もし一人であれば、この村に滞在して、これから自らに降りかかる「何か」を受け入れていたかもしれない。

 しかし、この旅には茂木がいる。

 茂木を親友と呼ぶには付き合いが浅いかもしれない。それでも、落ち込んでいた拓海を旅に誘ってくれた友人の安全を確保しなければいけないという理性が、欲に飲まれそうな拓海の心を支えた。


 自分達の身に「何か」が起こる前にこの村から出る。


 それは、細い細い糸のような支えであった。

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