第35話

 拓海は焦燥感を感じながら、早足で民宿へと向かう。

 もう一度茂木の部屋を調べ、消えた茂木の手がかりを探すつもりであった。もし何も見つからねば一目散にこの村を出て、警察に連絡する。そのつもりであった。

 しかし、民宿に戻った拓海を待っていたのは、食堂で何事も無く食事をしている茂木の姿であった。


「おう、拓海どこ行ってたんだよ」

 茂木の気の抜けた声を聞いて、拓海は先程とは違う意味で腰が抜けそうになった。

「せっかく朝飯用意してもらったんだからお前も食えよ。もう昼飯だけど」

 呑気に焼き魚をつつく茂木を見て、拓海の心中に安心と共に怒りが湧き上がる。


「どこ行ってたって……それは俺の台詞だよ!」

「何怒ってんだよ。とりあえず食えよ」

 安堵した拓海は急に空腹を感じ、テーブルについて用意されていた食事をかきこむ。そして食事を終えると、外でタバコを吸いたがる茂木の手を引いて、自分の部屋に引きずり込んだ。


「言いたい事は色々あるけど、まずお前どこに行ってたんだ?」

 茂木はポカンとした表情で、窓を開けてタバコを吸い始める。

「タバコ買いに行ってたんだよ。女将さんと。メモ残してあっただろ?」

 拓海は今朝民宿を出る時、食堂のテーブルにメモが残されていた事を思い出す。


「今朝起きたらタバコが切れててさ、女将さんにどっかタバコ売ってないか聞いたんだよ。そしたらこの村にはタバコ売って無いって言われて、お前の車でどっかに買いに行こうと思ったら、女将さんが買い出しのついでにコンビニあるとこまで乗せてってくれるって言ってくれたから一緒に行ったんだよ。ほら、あのライトバンで」

「村の外に出たのか?」

「おう、店めっちゃ遠かったけどな。しかもマルメンはボックスしか置いてなかったし」

 拓海は自分の心配は何だったのかと頭がクラクラした。もしかしたら茂木が恐ろしい目にあっているのではないかと本気で心配していたのだ。


「あ、昨日お前凄かったみたいだな。俺の部屋まで翔子ちゃんの声が聞こえてきて笑いそうになったわ」

 ヘラヘラとしている茂木に拓海はため息をつき、畳に座り込むと、真剣な表情で言った。

「なぁ、今日戻らないか?」

 唐突な申し出に、茂木はポカンとした表情を浮かべる。

「戻るって、福岡?」

「そうだ」

「なんでだよ。車で女将さんと話したけど、まだここにいて欲しいって言ってたぞ。社交辞令とかじゃなくてさ。女将さんの孫が俺達と同じくらいの歳らしくて、最近会ってないから俺達みたいな若い男が来てくれて嬉しいって言っててさ……」

「違う。迷惑とかそういう事じゃなくてさ」

「じゃあ、なんでだよ?」

 茂木は少し苛立った様子で灰皿にタバコの吸い殻をねじり込む。


「これ、見てくれ」

 拓海はポケットから露天風呂で拾ったメモ紙を取り出し、茂木に見せる。そして、今朝拓海が目を覚ましてから起こった事を全て茂木に話した。

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