第62話

 アヤの家を再び訪れた達山を待っていたのは、アヤの手料理と娘の美咲であった。アヤは美咲の事を「生意気で反抗期の娘」と言っていたが、美咲はアヤと同じく素朴で朗らかな娘で、初対面の中年である達山にしっかり挨拶をし、食事中には嫌な顔せずにお酌もしてくれた。アヤと美咲と過ごす時間、達山はまるで家庭を持てたかのような気分になり、幸福感に満たされた。


 いつかは村を出たいと語る美咲に、達山は広い世界を見る事は良い事だと話した。そして、外の世界を知る事で、美咲の故郷であるこの村の良さを再認識できるだろうという事も。美咲は達山の言う事を、真剣な目で聞いてくれた。それは達山が教える学生達が滅多に見せない無垢な眼差しであった。


 いずれ達山が教鞭を取る大学に来ないかと言うと、美咲は少し考え、「虫が苦手だ」と答えたので、達山とアヤは声をあげて笑った。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夜は更ける。気がつくと部屋の置き時計の短針は頂点を指していた。


 少々飲みすぎた達山は、立ち上がろうとして尻餅をついてしまう。それを見たアヤと美咲は、今夜は達山に泊まって行けば良いと言う。


 女性二人だけの家に泊まるわけにはいかないと、達山は民宿へと帰ろうとしたが、アヤは最初から達山を泊めるつもりだったらしく、もう布団が敷いてあると言う。女将に迎えに来てもらうにも、もう寝てしまっているだろうし、もし歩いて帰るのであれば、アヤは民宿まで送ると言って止まない。アヤに夜道を歩かせるより、達山は今夜は泊めてもらう事を選んだ。アルコールの回った頭で、明日も採集には行けそうにないと考えながら。


 シャワーを借りて風呂場から出ると、そこには民宿にあったものと似た、旅館で着るような薄い浴衣が用意されていて、達山はそれに着替える。そして客間に通されると、そこには布団が一組敷かれていた。もしかしたら今夜も、と達山は密かに思っていたが、さすがに美咲と同じ屋根の下でアヤと交わるわけにはいかない。昨夜張り切りすぎた分、今日はゆっくり休もうと、達山はアヤに礼を言い、布団に入った。

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