第61話

 民宿に戻ると、入り口にはアヤの姿があった。先程のビニールハウスの事もあり、達山は一瞬どきりとしたが、平静を装い声を掛ける。


 すると、まずアヤは今朝黙って部屋を去った事を謝った。何やら用事があったようだ。そして、そのお詫びとしては何だが、今日はアヤの家で食事をしないかと言われた。


 達山は明日の採集の事もあるので少し悩んだが、今日抱いた疑惑を振り払うためにも、アヤの誘いを承諾する事にした。


 達山が部屋に車のキーを取りに行こうとすると、酒を用意してあるから歩いて行った方が良いとアヤは言った。帰りは電話をすれば女将が迎えに来ると言ってくれた。本当に至れり尽くせりである。そして二人は民宿からアヤの家へと歩きはじめた。


 民宿からアヤの家までの三十分程の道中、二人は昨日話さなかった事を色々と話した。達山が独身である事、大学でどんな研究をしているか、休日は何をしているかなどを。


 アヤも自らの事を話してくれた。この村で生まれ育った事、たまに市内まで映画を観に行く事、そして、娘が一人いて、シングルマザーであるという事。


 アヤに娘がいると聞いて、達山は初めは少し驚いた。確かにアヤの年齢であれば子供がいても珍しくは無いが、アヤは子供がいるとは思えないほど若々しかったし、しかもその子供はもう中学二年であると言う。逆算すれば、アヤは十代後半には子供を産んだという計算になる。


 達山の教え子にも在学中に妊娠して休学した生徒がいるが、彼女はアヤのように素朴な感じではなかった。早く出産する女性がチャラチャラしているというのは達山の偏見かもしれないが、もしかしたらアヤも若い頃はやんちゃをしていたのかもしれない。


 食事に娘を同席させていいかと聞かれ、達山は二つ返事で了承する。アヤの娘だからきっと美人であろうと達山が軽口を叩くと、アヤは生意気盛りで困ると、笑って返した。


 アヤの家が遠くに見えてきた頃、達山は思い出したように、なぜ昨夜アヤが達山の部屋を訪れたのかを聞いた。さすがにそれはアヤの娘の前では聞くわけにはいかない。


 アヤは達山に、それがこの村の風習であり、もてなしの仕方であると話した。それは達山が納得し難い理由ではあったが、全く理解できない理由というほどでもなかった。そしてアヤは付け加えるように、「あなたも私と同じで、どこか寂しげだったから」と言った。


 達山の枯れた心に、その時確かに小さな火が灯った。

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