第31話

「昨日は翔子ちゃんとどうでしたか?」

 並んで山道を下りながら、葉月は拓海に尋ねてきた。拓海は少し照れくさく感じたが、とても良い夜を過ごした事を葉月に告げる。


「それは良かったです。翔子ちゃん初めてだったのに、拓海さんてお上手なんですね」

 昨夜二人が異常に熱くなったのは、別に拓海にテクニックがあったからではない。あの香炉のせいである。拓海は葉月に例の香炉について尋ねた。


「あぁ、あれは私が持たせたんです。あれはこの村の特産品で、性的な気持ちを昂らせる香ですよ。アロマみたいなものです。エステとかに行くと、リラックス効果のあるお香を焚くでしょう? あれと同じですよ」

 拓海はエステになど行った事も、お香なんて洒落たものを炊いた事もないが、あんなにも効き目があるものであろうか。拓海が訝しげに思っているのを感じ取ったのか、葉月は言葉を続ける。


「翔子ちゃんが緊張していたから、ちょっと強めの香を焚いたのだけど、大丈夫でしたか? 私も同じ香を焚いた香炉を持って行ったのですが、昨日は少し効きすぎてしまって……」

 そう言って葉月は頬を赤らめる。その表情は実に色っぽく、昨夜嫌という程放出した拓海でも、少しムラムラとした気持ちが湧き上がってきた。


「香が効いている私を茂木さんがあまりに激しく求めるから、私一度気を失ってしまったんですよ。あんなになったのは初めてでした。やっぱり若い人って凄いですよね」

 葉月の話を聞いて拓海は更に性欲が湧き上がるのを感じたが、茂木の名が出た事でハッとする。そう、拓海は茂木を探さなければならないのだ。もし茂木が葉月のせいでいなくなったのだとすれば、葉月に茂木の居場所を尋ねても答えるはずは無いであろうが、もしこれまで拓海が抱いた疑いが全て勘違いであるのであれば、葉月が茂木の居場所を教えてくれるかもしれない。


 拓海は意を決して、葉月に茂木の居場所を知らないか聞いてみることにする。

「今朝起きたら茂木が部屋にいなかったんだけど、どこに行ったか知らない?」

 拓海に尋ねられ、葉月はその場でピタリと足を止めた。そして考えるように目線を上に向けると、拓海に目線を戻し、こう答えた。

「ごめんなさい、ちょっとわからないです。私は朝早く目が覚めて、茂木さんが気持ちよさそうに寝ていたので、起こさないように帰りましたから」

 拓海の求めている答えは葉月からは返ってこなかった。葉月が嘘をついているのであれば、茂木が消えた事には葉月が関わっている事は間違いない。そう考えると、拓海の胸に再び不安が湧き上がってきた。


「もしかしたら散歩にでも出ているんじゃないですか?」

 拓海が疑心を抱いているせいなのか、葉月の言葉がどこか白々しく聞こえる。

 葉月が嘘をついているのかいないのか、この村はいったい何なのか。拓海にはもう何が何やらわからない。

 とにかく拓海はなんとか茂木を見つけ出し、一度この村を出る事を心に決めた。

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