第97話

 カコッ


 小さな音を立て、扉の覗き窓が開く。

 そしてその向こうから、女の目がこちらを覗いた。

 覗き窓が閉まると、ガチャリと扉の鍵が開く音がした。


 いよいよだ。


 拓海は覚悟を決める。

 拓海が必死で逃げようと、恐らく葉月達からは逃げられはしないだろう。それでもやれる事は全てやる。もしそれでダメなら舌を噛み切って死ぬつもりであった。その方が生きたまま喰われるよりも幾分人間らしい死に方だと思えた。


 拓海は深く深呼吸をし、ゆっくり開く扉を見据えた。


 生きるために、女達の一瞬の隙も逃さぬ覚悟で。


 しかし内心は、恐怖で今にも泣きだしたい気持ちであった。


 扉が開くにつれ、恐怖心が倍々に膨らむ。そして拓海は膨れ上がった恐怖心に負けて目を逸らしてしまった。


 覚悟をしたつもりでも、覚悟などできていなかった。今まで安全な社会の中で何事もなく大学生をやってきた拓海に、死の覚悟などできるはずがなかったのだ。


 仮初めの覚悟は急激に萎み、体がガタガタと震えだす。どんな情けない命乞いをしても、今は生きたいと思った。土下座をしてでも、糞尿を浴びせられてでも生きたいと思った。


「拓海」


 ふと、聞き慣れた声が聞こえ、拓海はハッとする。

 そして目を凝らし、開ききった扉の向こうに立つ人物を見た。


「拓海、大丈夫か?」

 そこに立っていたのは、死んだはずの茂木であった。


 拓海は信じられなかった。幻かと思った。しかし茂木は確かにそこにいた。

「おい、しっかりしろ」

 茂木は拓海に駆け寄り、呆けている拓海の頬を軽く叩く。そこでようやく拓海の口から言葉が漏れた。

「お前、どうして……」

 拓海の声を聞き、茂木は胸をなでおろす。


「悪かった。お前の言う通り、この村はヤバい村だった」

 そして顎で背後を指した。

「あの子に助けてもらったんだ」

 茂木の背後には、手に鍵を持った翔子がいた。

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