第96話

 拓海は達山に尋ねた。

「達山さん、ここからもし逃げられたらどうしますか?」

「どうって言うと?」

「警察に通報したり……しますか?」

 達山はしばらく視線を宙に泳がせ、やがて口元に手を当てて考え込む。

「いや、しないかもしれないな」

 拓海は達山がなんとなくそう答えると思っていた。


「昨日、私が寺の脇にある蔵に入ったという話をしたね。あそこに放り込まれた荷物の量は尋常ではなかった。恐らく百人単位の人間がこの村では死んでいる。いくら山奥とはいえ、それだけの人間がこの近辺で行方不明になって、警察がこの村に辿り着いていないとは考え辛い」

「俺もそう思います」

「それでもこの村で平然と殺人が続けられているということは、この村は警察、あるいは政府関係者と何らかの利害関係を持っている可能性がある。であれば、もしここから逃げられたとしても、警察に通報する事で更に危険な状況に置かれる事になる可能性があるからな。あくまで可能性だが」


 達山の考えは、拓海の考えとかなり近かった。

 この村は遥か昔から殺人が行われている山奥の隠れ里のような村である。しかし、村には電気が通っており、建物も古民家ばかりではない。道もアスファルトではないものの、ある程度整備されている。それは全て村人達だけで整えられたのかというと違うであろう。


 つまり、この村には外部の人間の手が入っているのだ。その外部の人間達はもしかしたらこの村で行われている殺人の事を知らぬのかもしれない。しかし、もし知っているとすれば、その人物、あるいは組織はこの村で起こる殺人の隠蔽に協力しているということになる。大量の殺人がを隠蔽できる組織、それはかなり力のある組織であろう。もし警察に通報すれば、ここから逃げられてもその組織に追われる可能性がある。


「悔しい話だが、私は全てを夢だと思って忘れるよ。友人を殺された君はそうはいかないだろうが。もう二度とこの村に関わらない方がいい」

 達山の言う事に従うとなると、拓海には茂木の無念を晴らす事ができない。それはとても悔しい事だ。今は自分の命すら危ないのに、そんな事を考えてしまう。


「達山さんだって、アヤさんや美咲ちゃんの事をどうにかしたいんじゃないですか?」

 拓海の言葉に、達山は自嘲気味に笑った。

「バカを言わないでくれ。今更彼女達の事をどうこうするつもりはないよ。彼女達も他の村人と一緒で殺人集団の仲間だ」

 達山はそう言い捨てたが、その表情は寂しげであった。


 そんな話をしていると、ふと、扉の向こうに人の気配を感じた。


 拓海が達山を見ると、達山もどうやら気付いたようで、拓海を見て小さく頷く。


 いよいよその時がやってきたのだ。

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