第49話

「おばちゃん、この辺にタバコ売ってるとこある?」

 空のパッケージを握り締めながら、食堂で朝食の用意をしていた女将に声を掛けると、女将は「タバコは売ってないねぇ」と首を横に振った。茂木は拓海の車にまだタバコが数本残ったパッケージを置いていた事を思い出し、朝食前の散歩がてらに車のある葉月の家まで行こうかと思ったその時、背後から女将が言った。


「これから商店に買い出しに行くのだけど、良かったら一緒にどうです?」


 茂木は少し考え、女将と一緒に買い出しに行く事にした。


 部屋に戻り、財布を取った茂木が拓海の部屋を覗くと、布団の上には全裸の拓海が転がっており、茂木はつい笑いそうになりながらも、拓海を起こさぬようにそっと部屋を出る。翔子もすでに帰ったらしく、その姿はなかった。あのドラッグの匂いはまだ部屋に残っていたが。


 茂木と女将は、一昨日の夜に葉月の家から拓海達を乗せて民宿まで来たライトバンに乗り込み、買い出しへと出発した。女将がエンジンをかけ、アクセルを踏むとライトバンが走り出し、絵に描いたような田舎の風景が、のんびりと車窓を流れて行く。

 茂木は昨日も散策した村の風景を眺めながら、「まだ日本にもこんな田舎があるんだな」と改めて思う。そして商店への道中、女将と色々な話をした。村の事や食べ物の事、そして家族の事、そのようなとりとめのない話をするのが茂木は得意であった。逆に深い話をする事は苦手で、誰かの相談にのる事はともかく、自分の心中を他人に語るのは特に苦手であった。自分の過去の恋愛談を拓海に話した事はあるが、それも単なる失恋話として、面白おかしく話をした。


 商店まではやはり遠かった。一昨日あのまま走り続けていればほぼ確実にガス欠になっていたであろう。


 小さな町の商店に着き、大量に食品を買い込む女将の荷物持ちをした後で、タバコの売っている店に立ち寄ってもらい、茂木は愛しのマルボロメンソールを三箱と、女将と自分の分の缶コーヒーを買った。そして来た時と同じ程の時間をかけて灯籠村へと戻る。茂木は女将に「不便じゃない?」と聞くと、女将は「私達はあの村でしか暮らせない」と答えた。茂木はなんとなくその気持ちがわかるような気がした。大学に進学して初めて福岡に出てきた時は、夜中まで聞こえる車の音で眠れなかったものだ。

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