第48話

 行為の途中、葉月の蜜壺を突きながら、茂木は葉月に「愛してる」と口にした。なぜそのような事を口走ったのかはわからない。ドラッグに理性を奪われた茂木の脳が、心の奥にある寂しさを呼び起こしたのかもしれない。それを聞いた葉月は、快楽に顔を蕩けさせ、シーツを握り締めながら「ワタシモアイシテル」と叫んだ。その言葉は不思議と力強く、会って日が浅いにも関わらず、茂木への強い執着のようなものを感じた。しかし、葉月の言葉はまるで聞いたことのない映画のタイトルのように茂木の心をすり抜ける。


 茂木は自分には本当に異性を愛する能力が備わっているのだろうかと疑ってしまう事すらある。


 茜としている時もそうだった。途中で茜に「好きって言って」とせがまれ、茂木は何度も「好きだ」「愛してる」と口にした。茜も「私も愛してる」と返したが、その言葉に意味があると思った事は無い。なぜ茜がそんな空虚な言葉を求めるのかも理解出来なかった。


 茂木にとって家族は大切だ。父親も母親も、妹との仲は良くないが、大切な身内だと思っている。祖母にも長生きしてほしいと思っているし、祖父の葬式の時には涙が枯れるほど泣いた。友人である拓海の事も大切に思っている。一生を共にできる友人となるかはまだわからないが、できればこれからもずっと仲良くしていきたい。


 そんな情の深い茂木ではあるが、恋人に関しては違う。


 茂木に初めて彼女ができたのは中学二年の頃だ。当時茂木はバスケ部の主将で、相手はそのマネージャーであった。バレンタインデーに相手からの告白を受け、密かに想いを寄せていた茂木は二つ返事でOKした。まるで漫画やドラマのようなシチュエーションだ。茂木はその時優越感と幸福感を確かに感じた。二人はやがて三年になり、高校受験を控えながらも順調に交際を続ける。


 そして二人の関係に欠かせなかったのは毎日のメールだ。付き合い始めてから毎日、彼女から熱烈なメッセージを送られるようになった。茂木は最初は恥ずかしく、少し面倒だと思いながらも、それも彼女からの愛情だと思い、マメに返信をしていた。しかし、付き合い始めてしばらくすると、徐々に彼女からのメールが短くなってきた。茂木は焦った。自分が何か彼女を傷つけてしまったのではないか、何か嫌われるような事をしてしまったのではないかと。そして色々と彼女の機嫌を取るようになった。学生なりに気の利いたデートスポットに誘ったり、細やかなプレゼントを贈ったりもした。しかし、茂木の努力も虚しく、ついに彼女からメールが来ることは無くなった。


 ある日、茂木は友人づてに聞いた。彼女がもう茂木とは別れたと周りに言いふらしていると。茂木のショックは大きかった。今まで並べた愛の言葉は全て嘘だったのかと。茂木はなんとか彼女と話をしようと試みた。しかし、メールをしても返信は無く、話しかけようとすれば彼女の友人達に阻止される。しまいには茂木がストーカーをしているという噂まで流された。それ以来、茂木はメールというものが好きでは無い。


 その時茂木は知った。女は嘘をつく生き物であるという事を。女にとって男はアクセサリーやペットと変わらない。消耗品ではあっても宝物では無いのだと。


 その後の恋愛もそうであった。茂木がいくら相手を大切にしようとも、付き合っているうちに相手が自分に飽きてゆくのを感じる。まるで雪だるまのように、大切にするほど溶けてゆく。そして自然と別れが訪れる。幾度かそれを繰り返し、茂木は女に期待する事をやめた。脆いものは労力をかけて大切に扱うよりも、適当に扱い壊れたら取り替えた方が良い。それが茂木の出した結論であった。


 何度目かの射精の後、気絶するように眠りに落ちた茂木は、閉め忘れた窓から差し込む日差しで目を覚まし、隣に葉月がいない事に気付いた。彼女もまた、「雪だるま」であったのであろう。昨夜あれだけ熱くなっていた股間には、今はただ筋肉痛のような鈍い痛みだけが残っていた。


 拓海はまだ寝ているだろうか。

 茂木は汗や体液で湿った布団で二度寝する気にはなれず、着替えて顔を洗い、一階へと下りる。一階では女将が掃除をしており、茂木の姿を見た女将は「あら、早いのね。葉月ちゃんはさっき帰ったわよ。茂木さんによろしくって」と言った。


 女将に促され、浴場でシャワーを浴びた茂木は、一服しようとポケットを弄りタバコが無いことに気付いた。

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