第93話

 しかし、拓海の予想は外れた。

 激昂するかと思われた葉月は、拓海を見て笑みを浮かべている。それはどこか哀れむような、見下すような笑みであった。

「どうしてでしょうね。私にとってそれって一番言われたくない言葉なのに、拓海さんにそう言われても不思議と何も思わないんです。どうしてでしょう」

 葉月の予想外の反応に、拓海は狼狽する。最早彼女は拓海の言葉すら届かぬ獣になってしまったのであろうか。

「こう言ったら失礼かもしれませんけど、拓海さんて雄として弱いんですよ。男として、人として弱いって言うか。だからなのかなぁ」

 拓海は葉月の言葉に、心の底に沈殿している泥をかき混ぜられるような感覚を覚えた。


「それ、ある意味才能かもしれませんよ。女の心を動かさない才能」

「男」としての弱さ。

 それは拓海が以前から抱えていたコンプレックスであった。


 拓海はこれまで何人かの女性と付き合ったが、心から異性に惚れられたと思った事は無い。こちらから告白して付き合っても、相手から告白されて付き合っても、付き合っているうちにどこか相手の心が離れている事を感じていた。その事について拓海は「ただ相手との相性が悪かった」と捉えるようにしていたが、拓海は薄々気付いていた。自分が「雄」として弱い事に。だから相手が自分に心を預けてくれないのだと、失う事を恐れる程に惚れ込んでくれないのだと。


 だから桜子も自分に体を許してくれなかったのだと。


 何が悪いのかはわからない。ただ漠然と感じていただけの事であるが、一人の男としてそれはとても恥ずかしく、悲しい事だと思っていた。葉月の心を突くつもりが、拓海は逆に自分の最も嫌な部分に触れられてしまったのだ。


 急激に湧き出した嫌なものを振り払うように、拓海は背に触れる葉月を振り払おうとする。しかし、葉月は暴れる拓海に背後からのしかかった。自らの吐瀉物に顔を浸した拓海の耳元で葉月は囁く。

「この村でなら、拓海さんも立派な雄になれますよ」

 その言葉が、拓海には悔しくて悔しくてたまらなかった。こんな狂った村でしか、自分はまともな雄であれないのかと。

 気がつくと、葉月の背後には数人の血濡れの女達がいた。

「みんなあなたの子種を欲しがっています。よかったですね」

 抵抗の無駄を察した拓海を、葉月は立ち上がらせて再び達山のいる地下室に連れて行き、中に押し込む。そして足を縄で縛り、去り際に葉月はこう言った。

「でも私は拓海さんみたいな人、嫌いじゃないですよ」

 葉月にそう言われて悪い気がする男はいないだろう。しかし、拓海にとってそれは最大の侮辱の言葉に聞こえた。

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