第58話

 それからしばらく走ると、やがて拓けた場所に出た。そこには田畑が広がっており、所々には古い民家らしきものも見える。


 達山はこのような場所に集落がある事に驚き、そのまま車を走らせ、民家の前にいた女性に声を掛けた。女性は最初、見知らぬ達山に声を掛けられ驚いていたが、達山が名乗るとにこやかに応じてくれた。彼女は三十代前半くらいの素朴な美人で、この集落の住民であるらしい。


 女性の話によると、この村は人口数百人の小さな村で、灯籠村というそうだ。


 興味を示した達山に、女性は三浦アヤと名乗り、達山を家に招き入れ、茶を振る舞いながらこの村について色々と教えてくれた。天然温泉がある事や、さつまいもなどの農作物を生産している事、なぜ灯籠村という名前なのか、そして村の殆どの男達は市内の大手工場に勤めており、週末にしか戻って来ない事。


 話を聞いた達山は国道へ出る道と、昆虫の採集に向いている場所はないかと尋ねる。アヤは地図で丁寧に道を教えてくれ、昆虫の採集場所には少し悩んだが、車で五分程行った先にある坂の上の民宿に車を停めて、そこから山を登る事を勧めた。


 達山はアヤに礼を言い、教えられた通りに民宿へと向かうと、民宿の前に車を停めて、民宿の中にいた女将に挨拶をした。そして山を登り採集スポットを探し、日が暮れる頃に車へと戻る。その山は人里が近いとはいえ、殆ど人の手が入っておらず、良い採集スポットになりそうであった。


 当初達山は、元々行く予定であった採集スポットの近くのキャンプ場でキャンプをするか、車中泊をしてから朝方に昆虫の採集をする予定であった。山を降りた達山が、民宿の女将に明日の早朝にまた車を停めに来ても良いかと聞くと、どうせなら部屋に泊まっていけば良いと言う。一泊の値段を聞くと、それは驚く程安く、達山は喜んで泊る事にした。


 値段は格安にも関わらず、民宿でのもてなしは格別で、女将は部屋を用意するだけではなく、温泉や贅沢な夕食、そして達山の好きなイモ焼酎まで振舞ってくれた。学術のために村を訪れた達山であったが、その日はすっかり旅行気分で、女将のもてなしを満喫した。


 翌朝には採集があるのに、すっかり女将と話し込んでしまった達山が床に就こうとすると、何者かが達山の部屋のドアを叩いた。達山が女将だと思いドアを開けると、そこには昼間会ったアヤが、肌襦袢姿で立っていた。その手には、怪しげな香りを放つ香炉が握られていた。


 そこまで話を聞いた拓海は、それは昨夜翔子が持っていた香炉と同じ物だと理解した。そしてそれから何があったのかも。


 達山はアヤの事を美人だと思ってはいたが、そのような事をするつもりは無かった。しかし、大学にいる女子生徒とは違う、熟れた色気を放つアヤの姿と、香炉から放たれる香りに当てられ、達山はアヤと一夜を過ごした。


 本来ならば採集に向かうべき時間までアヤと過ごしてしまった達山は、反省はしたが後悔はしなかった。強烈な快楽を伴う夢のような一夜に、普段は研究ばかりしている達山の聡明な脳は、熱く灼かれてしまったのだ。


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