第77話
だが、そう言いながらも葉月は達山に何もしようとしてこない。ただ、達山を見つめているだけだ。その様子は達山の出方を伺っているようにも、弄んでいるようにも見える。
それが達山には恐ろしく、そして腹立たしい。
どうせ喰らうのであれば、なぜ彼女達は達山に仮初めの家庭まで与えたのだろう。なぜ達山の内なる孤独を満たそうとしたのだろう。死にゆく者達に最後の快楽を与え、それを見て嘲笑っていたのか。
「お前達、人間じゃないのか?」
それは二つの意味を込めた言葉であった。一つは非人道的な行いをする彼女達への侮蔑、そしてもう一つは言葉通りの疑問だ。人の肉を食らうなど、まともな人間がする事ではない。先程見た彼女達の姿は、まるで鬼か悪魔だ。
すると、その言葉を聞いた葉月はカッと目を見開く。そして先程の穏やかな微笑みとは真逆の、般若の形相を浮かべた。
葉月の目の奥で、何かがウゾウゾと蠢きだす。
そして葉月は叫んだ。
「私達は人間だ!!!!」
その豹変ぶりに達山は驚く。
達山の言葉の何が葉月をそこまで激昂させたのであろうか。葉月は拳を握りしめ、歯が砕けるのではないかと思う程に食いしばる。達山は葉月から放たれる怒りに震えながらも叫び返した。
「違う! 人は人を喰ったりはしない! お前達は化け物だ!」
それは達山の、精一杯の虚勢であった。
だが、それがまずかった。達山の言葉を聞いた葉月は奇声をあげて達山へと駆け出す。そして達山に飛びかかると、達山を廊下に押し倒した。
「人間だ!! 私達は人間だ!! ニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダニンゲンダ!!!!」
達山の上に跨った葉月は、口から泡を飛ばしながら叫び続け、達山の首に手を伸ばし、力の限り締めあげる。葉月の細い指と爪が首の皮膚に食い込む。その怪力に、達山の首は今にもへし折られそうであった。振り解こうにも、葉月の力はあまりにも強い。
達山は飛びそうになる意識の中で、ウエストポーチの中を探る。すると、達山の手に小さな筒状のものが触れた。それは達山が昆虫の採集の時にいつも持ち歩いている虫除けスプレーであった。
達山がそれを葉月の顔に吹き付けると、葉月は絶叫し、達山の首から手を離す。達山はその隙に、体を捻り、葉月の股下から脱出した。
スプレーが目に入った葉月は、両手で顔を覆いながら廊下をゴロゴロと転げ回っている。そんな葉月を背に、達山はその場から全力で逃げ出した。
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