第76話
「あら、中から何か楽しげな声が聞こえますね。何してるんでしょうか?」
葉月はにこやかに微笑み、達山に語りかける。一体いつからそこにいて、達山を見ていたのだろうか。葉月は道を塞ぐ様に渡り廊下の中央に陣取り、動く気配は無い。
葉月を警戒しつつ、達山は逃げ道を探す。
寺の奥は森になっており、そちらに逃げれば姿を隠せそうだ。
達山が駆け出すタイミングを計っていると、葉月は達山に言った。
「ケシの花、綺麗でしたか?」
その言葉に、達山の心臓は縮み上がる。
昨日達山がケシを栽培しているビニールハウスに入った事を、彼女はなぜ知っているのか。もしかしたら達山が中に入るところを、どこからか見ていたのかもしれない。
あの時達山は村の秘密を一つ知った。だからそれを見た葉月は、達山を逃さぬようにどこからか見張っていたのかもしれない。いや、それだけでなく、今朝アヤの家を訪れ、聞こえよがしにこの寺の事を話したのも、達山をここへ誘導して捕らえるつもりだった可能性もある。
そうであれば、達山はまんまとその策に嵌められた事になる。あの時ケシの花を見なければ、達山はまだアヤ達と家族ごっこができたのであろうか。何事も無く、この村を立ち去れたのであろうか。いや、そうは思えない。いずれアヤと美咲も本性を現し、達山を喰らおうとしたはずだ。昨夜アヤが美咲を止めた理由はわからないが、蔵の中にあった大量の荷物を見る限り、彼女達は村を訪れる男達を文字通り食い物にしていたのだ。達山だけが例外であると考えるのはあまりにも楽観的だ。
ふと、雨戸越しに聞こえていた男の笑い声が聞こえなくなった。ようやくあの地獄から解放されたのだろう。肉体の死によって。
無言で葉月を睨む達山を見て、葉月は残念そうな表情を浮かべる。
「本当は、達山さんにはもっとゆっくりしていって欲しかったんですよ。もっと美味しい物を食べて、もっと欲望を発散して。何の未練も無いように」
葉月は男の笑い声が消えた建物を見やった。
「彼は楽しんでいましたよ。もうお名前も覚えていませんけど。彼は初潮を迎えたばかりの子と、二つ上のそのお姉ちゃんと、三日間で何度も交わりました。「外」では許されない事なのでしょうし、私もどうかと思いますけど、人として最後の時間でしたから、存分に楽しんで貰いました。まぁ、あの子達にとっても良い経験になったでしょうしね」
その目は何かを諦めたような、慈しむような優しげな目であった。このような状況にあっても彼女は美しい。もしメディアに出れば世間は騒がずにはいられないだろう。
「仮初めの家族を望む方も珍しくありません。そして娘と交わる背徳感を楽しむ方も。どんな気分なんですか? 娘くらいの歳の子と繋がるのって」
葉月の言う事が挑発的だと達山が思ったのは、昨夜美咲と交わった事に対する罪悪感があるからだ。だが、葉月は単純な好奇心で達山にそれを聞いていた。
「それがあの男が死んだ理由で、これから私が殺される理由か?」
達山が質問には答えずに問い返すと、葉月は首をかしげる。
「この村の女とセックスしたから私は死ななければならないのかと聞いているんだ」
それを聞いて、葉月は「なるほど」と言わんばかりに頷いた。
「そうであって、そうではないんですよ。ただ、仕方のない事だと思って諦めてください。少し怖いかもしれませんが、達山さんは早めに逝けるようにみんなに言っておきますから」
葉月の答えは曖昧だ。そして物騒極まりない事をサラリと告げる。要は葉月は、「死んでください」と言っているのだ。
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