第101話

 そして茂木はハッとする。

「いや、待てよ。翔子ちゃんは拓海とセックスしたんだよな? 拓海を殺そうとは思っていないのか?」

 茂木の言葉に翔子は少し考えて頷く。

「うん。多分私は忌子いみこだから」

「イミコ?」

 それは先程女将が猿轡越しに口にした言葉だ。茂木が女将を見やると、女将は黙って翔子のことを睨みつけている。

 翔子は今度は自らの事を語り出す。


「昨日茂木さん達がウチで会ったのは、私の本当のお母さんじゃないの。私の本当のお母さんは私を産んだ時に死んだんだ」

 本来なら悲しい過去であるが、それを翔子は淡々と語る。

「お母さんのお腹には、私の他にもう一人赤ちゃんがいたらしくて、その子もお母さんと一緒に死んだんだって。そしてその赤ちゃんは、なぜか全身を何かに食い破られていたらしいの」

 それを聞いて茂木は眉を顰めた。いくら異常な習性を持つ村での出来事とはいえ、赤ん坊が母親の胎内で何かに食い破られるなどということがあり得るのだろうか。


 その後も翔子は自らの過去を語り続ける。

 双子の片割れを食らったのは翔子だという噂が立ち、表面上は普通に接してくれていたが、陰で忌子と呼ばれていた事。他の村の女達と違い、思春期を迎えても性的な事に興味を示さなかった事。そしてこの村で行われている性交と食人をずっと汚らわしく思っていた事。


「私が他の子達と違う理由は、本当のお母さんが死んだ事と関係があるのかは分からないけど、私はずっとこの村を出たかった。でももしかしたら私も他の村の人達と一緒で、男と交わったら相手を殺したくなるんだって思うと、村を離れるのが怖かったの」

 すると先日、拓海達が村に来た翌朝に、葉月から翔子に打診があったらしい。拓海か茂木の相手をしてみないかと。

 翔子はこれまでも何度か村を訪れた男の相手をしてみないかと打診された事があったが、全て断り続けていた。自分が汚らわしい殺人と食人を行ないたくなかったのだ。

 しかし翔子はこう考えた「もし試しに交わってみて、殺意が湧かなければ村を出たらいい」と。翔子は迷ったが、覚悟を決めて二人のどちらかと交わる事を決めた。


「それで、どうだったんだ?」

「何も思わなかった。まぁ、香のせいで気持ちいいとかそういうのはあったけど、殺したいとか、食べたいとかは全然……朝まで様子を見たけど大丈夫だった」

 拓海が翔子に精を放った時、翔子が拓海に言った「ごめんなさい」は、「もし殺してしまったらごめんなさい」という意味だったのだ。


 少し恥ずかしげに語る翔子を見て、茂木はなんだかセクハラをしているような申し訳ない気持ちになる。

「だから私は逃げようって思った。私はこの村にいるべき人間じゃないってわかったから。でも私、車の運転とかできないし、歩いて逃げてもきっとすぐ捕まると思って。それなら茂木さん達に全部話して一緒に逃げようって思ったんだけど……」

 先程翔子が茂木を救った時、翔子は最低限の荷物を纏めて民宿へと向かう途中だった。しかし寺へと向かう民宿のライトバンを見て、翔子は計画が破綻した事に気付き、咄嗟に茂木を救ったのだ。拓海が茂木と一緒でない事は予想外であったが。


「じゃあ、何も知らなければ今頃村を出れてたって事か?」

「多分ね」

 茂木は天を仰いで再びタバコに火を点けた。自分と拓海の不幸に呆れずにはいられなかったのだ。

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