第100話

 女達が民宿に押し寄せてきたという事は、拓海はまだ捕まっていないという事だ。茂木はすぐに拓海を捜そうと言うが、今茂木が村の中で拓海を捜し回るのは危険である。そして先程女達に嘘をついた事で、翔子もあまり自由には動けないだろう。下手をすれば裏切りが既に感付かれている可能性もある。


「どうしたものか……」

 紫煙を燻らせながら、茂木は突如ビクリと体を震わせた。茂木が何気なくルームミラーを見た時、後部座席に転がしてある女将と目が合ったのだ。どうやら先程から目を覚ましていたらしい。


「女将さんどうすんだよ」

「今はどうしようもないでしょう。殺して埋めるわけにもいかないし」

 すると、女将が猿轡越しにフガフガと何かを言った。茂木にはそれが「ヒミゴ」或いは「イミゴ」と聞こえた。

 翔子はチラリと女将を振り返り、「やっぱりそんな風に思っていたんだね」と、悲しげに呟く。


「とにかく、少し状況を説明してくれないか」

 茂木はタバコの火を消し、両手でゴシゴシと顔を擦る。先程から色々な事が起こりすぎていて、茂木の頭は既にオーバーヒートしていた。

 村人達が茂木達を捕まえて何かをしようとしているのはわかる。しかし、その理由は依然不明なままだ。そして翔子がなぜ村から逃げ出そうとしているのかも。事情が分からねば、次に自分達がどのような行動を取るべきかもわからない。ただ、ドッキリ番組ではない事は確かであろう。


 翔子は茂木に、この村で行われている恐ろしい風習と、村人達の習性を説明した。茂木は半笑いで「嘘だろ」を連呼していたが、翔子の真剣な表情と、今自分が置かれている状況を考えて口を噤む。


「でもよ。何で俺達は昨日の夜殺されなかったんだ? 翔子ちゃんだって拓海としただろ?」

 茂木の疑問はもっともである。村人達の習性がセックスをした相手を喰い殺さずにはいられなくなるというものなら、昨夜茂木達が襲われなかったのは不思議だ。


「私も詳しくはわからないの。私達は小さい頃から色々教えられるけど、村の人達も自分達の体について完全にはわかってないみたい。ただ、前に葉月ちゃんから聞いた話だと、お子を授かる時に食欲が一番大きくなるって言ってた」


「あー、つまり、オタマジャクシが卵子に入ると、もう殺さずにはいられなくなるって事か?」


「そういう事だと思う。セックス中にも強い殺意が湧くけど、それは快楽である程度打ち消す事ができるみたい。だから処女の子は、快楽が足りなくて最中に殺しちゃう事もあるんだって」


 とても信じられる話ではなかったが、茂木はなんとなく村人達の意思を理解した。彼女達は、茂木達をもてなしで村に引き留め、性を交えた女達の殺意が満たされた時に喰い殺すつもりだったのだ。とんだもてなしがあったものだ。


「じゃあ、拓海はまだ何日かは無事って事か?」

 茂木が葉月と、翔子が拓海とセックスをしたのは昨夜だ。茂木も詳しい事はわからないが、確かセックス後に着床するまでは数日時間がかかるはずだ。

 しかし、翔子は首を横に振る。

「そうとは限らないよ。男をいつ殺すかは村の人達の生理周期や気まぐれで変わってくるし、ついこの前は調子にのって女の子を強姦した男が、その日のうちに捕まって手足を切り落とされて喰われてた。この村が怪しいって気付いちゃった茂木さんと拓海さんは、きっと捕まったら早いうちに殺されると思う」

 翔子がさらりと言った事に、茂木は寒気を感じた。

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