第99話
「でも、どうして?」
ライトバンの運転席に座る茂木は、助手席に座る翔子に尋ねた。
「話せば長くなるから、今はちゃんと説明している時間はないの」
翔子の返答に、まるでスパイ映画のような会話だと茂木は思った。
今、茂木と翔子は拓海を迎えに行くために、ライトバンが来た道を民宿に向かって引き返していた。茂木は慣れないマニュアル車の運転に苦戦しながら、民宿に向かって車をとばす。その道中で翔子は、茂木と拓海に命の危機が迫っている事、そして訳あって自分も一緒にこの村から逃げ出したい事を話した。
二人は民宿に着くと急いで車を降り、拓海の姿を探した。しかし民宿の中には既に拓海の姿はなかった。
「どうなってるんだよ! あいつどこ行ったんだ!?」
民宿の玄関で、先程部屋に置き去りにした荷物を手に茂木は翔子に問う。翔子は首を横に振り、拓海の事は諦め、とにかく二人でこの村を出ようと提案した。
しかし茂木はそれを良しとしなかった。命の危機にある友人を置いてこの村を出る事はできないと、そして拓海を探すのを手伝って欲しいと翔子に頼んだ。
翔子は僅かに考え、今逃げ出さねば無事に村を出られる確率がグッと減るという事を告げたが、茂木の意思は変わらなかった。
「翔子ちゃんだけ逃げてもいい。ただ、拓海の居場所の心当たりだけでも教えてくれ」
茂木の言葉に、翔子は再び考えて、自分も拓海を救い出すのに協力すると言った。翔子は車の運転ができない。自分一人では村から逃げ出せぬと判断したのだ。
すると、民宿から村へと下る道を、二台の乗用車が上って来るのが見えた。
「ヤバい、隠れて!」
二人は慌てて民宿のロビーにあるソファーの陰に姿を隠した。
民宿の前に止まった二台の車から、それぞれ三人ずつ、計六人の女達が降りてくる。そして一人の女が、茂木達が乗ってきた民宿のライトバンに近付こうとした。
「マズイぞ、あの中には女将さんが……」
茂木が言い終わる前に、翔子は飛び出していた。
「玲美さん! 一人逃げられた!」
翔子が民宿を出て気怠げな顔をした女に駆け寄ると、ライトバンを覗こうとしていた女を含め、皆翔子の元に集まってきた。
茂木と翔子は知り得ぬ事であったが、翔子が玲美と呼んだ女は、拓海が警察に電話した時に電話を受けた女であった。
翔子は民宿の側にある林を指差し、女達に茂木がそちらに逃げ、女将がそれを追ったと告げる。すると女達のうち三人は林の方へ、二人はそれぞれ車に乗り、どこかへ去って行った。そして一人は民宿の中に入ると、女将の部屋へと入って行った。
翔子は辺りを見渡し、女達の姿が見えなくなった事を確認すると、茂木に手招きをする。茂木は女将の部屋に入って行った女を警戒しながら、ソファーの陰から出て、急いでライトバンに乗り込む、そして翔子が乗るのを待ち、エンジンをかけて発進させた。
「はぁ……めっちゃヤバい」
翔子はそう言って頭を抱えつつも、茂木に指示を出して人気無い森の中までナビゲートする。森の中でエンジンを止めた茂木も、大きく息をついて。天井を仰いだ。
「あー! マジでさ、この村どうなってるんだよ」
そして荷物を荒々しく漁り、タバコを取り出して火を点ける。タバコの煙に翔子は小さく咳き込み、黙ってハンドルを回して窓を開けた。
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