第79話

 昨日はアヤと楽しく歩いた道を、なぜ今はこんなに恐怖と不安を抱えて走らねばならないのだろう。


 女に夢を見た私がバカだった。


 走りながらそんな風に考えたが、達山は生物としての女の偉大さを知っている。女が子を産む事ができなければ、生命の輪は成り立たないのだ。昆虫の研究をしている達山が知る限り、全ての昆虫は「増える」ために生きている。その先に何があるのかはわからないが、あらゆる昆虫達はただ次の世代に命のバトンを渡すために、今生きている自分の命を燃やしながら生きるのだ。


 彼女達が本当に人間なのかどうかはわからない。だが、生殖行為をしていたという事は、彼女達も「増える」事を願っているのではないだろうか。


 近年セックスは、快楽を伴う娯楽としての側面ばかりが表面化している気がする。それは人間が地球を支配する程に繁栄し、生物としての余裕があるという証拠なのかもしれないが、本来は「増える」ための行為である事は忘れてはいけないと達山は思う。


 彼女達は、その事を忘れてただセックスに快楽のみを求める男達に鉄槌を下すべく、神が遣わせた者達ではないだろうか。


 増えるために命を捨てよ、それこそが生命の正しいあり方であると、彼女達は人類に教えるために現れたのかもしれない。


 この村に来る前の達山は、自らの遺伝子を後世に残す事を諦めて生きてきた。自らの子は残さぬのに、昆虫達の交配を支配して、神様気取りで増やしたり減らしたりを繰り返していた。

 だが、この村に来てからの達山はどうであろうか。短い時間ではあるが、アヤと美咲という仮初めの家族を与えられ、「家庭」を持ちたいと、後世に命を繋ぐのも悪くはないと思えた。


 そんな達山に彼女達は、本当にそう思うのであれば命を捨てろと命じている。「その肉体と命を捧げれば、私達がお前の命を後世に繋げてやる」と。言っているのだ。もしかしたら、一匹の生物としてはそれに従うのが正しいのかもしれない。生殖を捨て、生命の輪から外れていた達山を、輪の中に押し込もうとしてくれているのかもしれない。


 だが、これはあくまで達山の空想である。


 そんな風に考えてはみたものの、彼女達のやっている事はこの文明社会で許される事ではない。昆虫の雌は、子を育む栄養を蓄えるために、交尾の後に雄を食べる種類がいる。だが、我々は人間なのだ。栄養が欲しければ、文明の発展により流通している、必要な栄養素の含まれる食品を摂取すれば良い。栄養素だけではない、味だって好きなものをいくらでも選べる。肉も魚も野菜も菓子も飲料も、その気になれば何でも手に入れられるのだ。それが地球の支配者である人間の特権だ。


 それなのに、わざわざ残虐に交尾相手を食すなど、彼女達は理から外れている。達山はそんな彼女達に命を捧げるなどごめんであった。


 命を燃やすように走り続け、達山はようやくアヤの家に辿り着いた。


 家の前には一台の軽自動車が止まっており、車の前には、ホースで車に水を掛けているアヤがいた。

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