第二章
第45話
茂木が拓海と知り合ったのは大学に入学してすぐの事であった。たまたま何かの講義で隣に座り、少し話をした事がきっかけで仲良くなったのを覚えている。そして一緒に食堂に行ったり隣で講義を受けるうちに、親友という程では無かったが、大学内では一番仲の良い友人となった。
拓海は少し真面目すぎる所があり、ノリの良い方ではなかったが、不思議と一緒にいて居心地が良く、気が合うところも多かった。
茂木はコミュニケーション能力は高いが、他人にあまり興味がある方では無い。飲みに行って皆で騒いでいる時も、周りの雰囲気に合わせて騒いだりはしゃいだりはするが、その中でふと上の空になっている事も多々ある。しかし、拓海と一緒にいる時には素の自分でいられるような気がしていた。拓海の他人とは適度な距離を取る姿勢が、茂木にとってはちょうど良い距離感だったのかもしれない。
だから茂木は今回の傷心旅行のパートナーに拓海を選んだ。拓海も同時期に彼女と別れたというタイミングの関係もあったが、茂木は拓海以外の友人と失恋の傷を癒す旅をする気にはなれなかったのだ。
混浴温泉でのナンパがうまくいくかどうかというのは、正直茂木にとってどうでも良かった。ただ拓海と楽しく旅行をし、適度な傷の舐め合いがしたかったのだ。
道に迷った時も、茂木は「こういうのも後で思い出になるんだろうな」と思っていた。旅行はハプニングこそが良い思い出になると茂木は考えている。
しかし、その先に予想を遥かに上回るハプニングが待っているとは思いもしなかった。
事の始まりは三浦良子と名乗る女性の車を山道で見つけた時からだ。
拓海と共に近くの村に住むという良子を車で家まで送り、家に招かれた時は、「テレビで良くある田舎に泊まる番組みたいだな」と、少しワクワクしていた。良子の娘である葉月が美人であった事もあり、そのワクワクは更に増した。
温泉と食事付きの宿まで用意された時は、少しサービスが過剰ではないかと思いはしたが、人の好意はありがたく受け取るのが茂木の主義である。短い人生をどれだけ楽しく生きるかが人間の課題だと思っている茂木は、その好意をありがたく受けた。
真面目な拓海は申し訳なさそうにしていたが。
幸運というものは来る時は続けて来るものだと、友人との付き合いで麻雀やスロットなどのギャンブルを嗜む茂木はそれを理解している。目の前に転がっている幸運は拾っておくべきなのだ。もしそれで不幸になったのであれば、それは幸運に見せかけた不運か、もしくは悪意のある罠だ。しかし、貧乏学生の茂木や拓海を罠に嵌めて得をする人間が田舎の村にいるものであろうか。いや、いるはずがあるまい。というのが茂木の結論であった。
良子に手配して貰った宿に泊まった翌日は、昨夜会った葉月と、翔子と名乗る女の子が茂木と拓海を天然の露天風呂に案内してくれた。
実は前日に葉月と会ってすぐ、茂木は「この子、いけるんじゃないか」と思っていた。ナンパの経験が豊富な茂木には、なんとなくだが雰囲気や仕草で相手が自分を受け入れてくれるかどうかがわかるのだ。
根拠があった訳ではないが、現に葉月は湯に浸かりながら自ら茂木にボディタッチをしてきて、挑発的な視線を投げた。それを受け入れないほど茂木は野暮な男ではない。そして茂木は内心舞い上がりながら、葉月と唇を合わせた。キスを終えた後、ふと隣を見ると、あの堅物の拓海が翔子と熱く抱き合っていた時は少し驚いたが。
更に幸運はなだれこむように茂木へと舞い降りてきた。
あれだけ熱いキスを交わしたのだから当然といえば当然であるが、葉月がその夜茂木の部屋に来ると言ったのだ。茂木も当然それを受け入れる。
昼食後に民宿へと戻り、一服して拓海の部屋を訪れると、拓海は昼寝をしていたので、茂木は外に散歩に出た。村の風景はのどかで、茂木は長崎にある祖母の家を思い出す。しかし、散歩の道中で村人をちらほらと見かけはするのだが、その全てが女性であり、少し奇妙には思った。しかも、畑仕事をする老婆も、群れて遊ぶ女児達も、不思議な事に「女が男に向ける目」で茂木を見てくるのだ。茂木はまるでタレントにでもなった気分であった。
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