第46話

 村には小さいながらも学校や商店があった。商店の前で、茂木はポケットに入れたくしゃくしゃのタバコのパッケージを取り出す。中を覗くと、タバコは片手で数えられるほどしか入っていなかった。茂木は商店に入り、店内にいた女性にマルボロのメンソールがあるかと聞いたが、申し訳なさそうに置いていないと言われた。


 一時間程村を散策した頃、少し離れた道を、民宿にあったのと同じような白いライトバンが走っているのを見かけた。ライトバンの車内には数人の人間が乗っており、茂木が見るからにドライバーを除く全員が男であった。ライトバンの行く先には林があり、奥に道が続いているようだ。


 茂木は散策ついでにライトバンの後を追った。林の入り口に立つと、木々の奥に何やら古めかしい門が見えた。門の更に奥には寺のような大きな建物が見える。茂木が林の奥へと向かおうとすると、ふと背後から声をかけられた。


「そっちはダメだよ」

 振り返ると、そこにいたのは農作業の帰りと見られる老婆であった。

「何かあるんすか?」

 茂木が問うと、老婆は答える。

「林の奥に寺があってね。今改修中なんだよ。あちこち古くなっていて危ないから近づかない方がいいよ」

 それを聞いて茂木は首をかしげる。

「でも、今車が奥に入って行きましたよ。なんか人を沢山乗せて」

「あぁ、それはきっと工事の人達だよ」

「工事の人達」という言葉に、茂木は再び首をかしげる。ライトバンに乗っていたのは確かに男達であったが、皆とても工事業者の人間には見えず、服装も年齢もまちまちであった。そして何より、皆死んだ魚のような鈍い目をしていたような気がする。


 しかし、別に寺に興味があるわけでもないし、深く追求する理由もない。茂木は老婆に会釈をして、その場を離れた。そしてそろそろ民宿に戻ろうと、来た道を引き返す。少し歩き振り返ると、老婆はまだ茂木の方をじっと見つめていた。それがなんだか気味悪く、茂木は民宿へと足早に戻った。


 民宿へと戻り、部屋で充電していたスマホを見ると、時刻は夕方近くになっていた。アンテナの表示を見ると、電波は相変わらず届いていない。普通であればスマホを持つ現代人にとって、電波が届かない事は大きなストレスになるが、茂木にとっては大した事ではなかった。茂木はSNSもソーシャルゲームも利用しない。そういうマメさが必要な面倒なものはあまり好きではないのだ。友人との連絡は頻繁に取る方ではあるが、今飲み会や遊びに誘われてもどうせ今から行く事はできないし、他に急ぎの用事も思い浮かばない。むしろ昨夜から一切スマホを利用していない事に、清々しさすら感じていた。


 タバコを吸いながら、葉月がいつ来るのか、本当に来るのかなどと考えていると、徐々に日が落ち始める。茂木は喉の渇きを感じ、水を貰おうと一階に降りると、食堂では女将が夕飯の支度をしていた。

 女将に水を貰い、先程散策中に見つけた寺について尋ねると、女将は「私も若い頃はよくあそこに行ったよ」と言った。どうやらあの寺は子供の遊び場であるのだと茂木は解釈した。


 そして夜になり、ようやく目を覚ました拓海と一緒に夕飯を食べ、外に出て一服をしていると、拓海が何やらぐちぐちと言い始めた。茂木はやはり拓海は心配性で真面目すぎると思った。元彼女である桜子とセックスできなかったのもなんとなく頷ける気がする。茂木の経験上、女は男に抱かれる時に頼もしさと自信を求める。それは生殖という行為をする上で、雌が雄に求める本来のものだ。拓海には少々それが欠けている。茂木は拓海を友人として好きであるが、男としては頼りない部分を確かに感じる。それが桜子にセックスを拒絶されていた理由の一部ではないかと考えた。何にせよ、茂木にとってセックスはそんなに深く考えるような事では無い。拓海も桜子もあれこれ悩んでないでとりあえず一回やればいいのにと思っていた。それで相性が悪ければ別れれば良い。相性がよければヤリまくるだけだ。あと数年もして、結婚でもすれば、セックスを娯楽として捉える事などできなくなる。それなら若いうちに色々経験しておかないのは人生経験として損だ。現に茂木は茜とは様々なプレイを経験した。茜も結構好きな方で、茂木の少々挑戦的な提案も受け入れてくれた。まぁ、好きすぎて他の男ともやってしまったわけだが。


 茜の浮気は正直あまりショックではなかった。実は茂木は友達経由の情報で、茜が茂木以外の男と隠れてセックスしているのは知っていたし、茂木も数人の女の子と一晩限りのセックスをしていた。しかし、茜の浮気相手から「茜と別れて欲しい」と言われ、茜にどっちを選ぶか聞いて、茜が浮気相手を選んだ時、何か置いてきぼりにされたような寂しさを感じた。だからその寂しさを埋めるために、拓海と馬鹿馬鹿しい二人旅に出たのだ。


 一生一緒に過ごしたいと思える女なんてそうそういるわけではない。同じ人間と言えど、性別が違えば別の生き物のようなものだ。さっきまで好きだの愛しているだの言っていた口が、その日の夜には別の男の股間を咥えている。簡単に信用などできない。ましてや一生を伴侶として過ごすなんて茂木には想像できなかった。

 しかし、男は違う。一度気が合えば、思い出を重ねて一生の友となれる。そこに女や金や野心などの不純物が混じらなければ、一生の財産となる。茂木は拓海とそういう関係になれれば良いと思っていた。


 だから、せっかくの最高の思い出になるであろう旅を、何か得体が知れない不安や妄想で楽しめないのは勿体無いと思ったのだ。


 茂木の説得により、拓海の不安は取り除かれたようだ。今夜は互いに楽しい夜になるはずだ。さすがに四人でしようとは言わなかったが。

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