第117話

 ライトバンの急加速により、拓海達はまたしてもガクンとつんのめった。

「お母さん! ねぇ! お母さん止めてってば!」

 翔子が肩を掴むが、翔子の母親はそれを払いのけて運転を続ける。


「あんたはただでさえ忌子扱いされてるのに、このままだとあんたまで殺されてしまうんだよ!」

「でも! ねぇ、お母さん! 待ってよ!」


 拓海達が乗り込んだ時、ライトバンは翔子の家から民宿の方へと向かって走り出した。拓海はてっきりそのまま民宿や葉月の家を通り過ぎ、村の出口へと向かうものだと思い込んでいたが、それは違ったようだ。


 ライトバンは民宿の前を通り過ぎたところで急に曲がり、森の奥へと続く小道へと入った。鬱蒼と草木が茂る森の中の一本道を、ライトバンはいつ事故を起こしてもおかしくない速度で走り続ける。そんな速度で走られては、ドアから飛び降りる事もできない。


「拓海君!」

 達山の声で拓海はハッとする。

 バンの三列目にいた達山は、翔子に下がるようにジェスチャーし、シートを乗り越えて二列目に移る。翔子の母親を拓海と二人掛かりで止めようという意図のようだ。拓海も達山に倣い、怪我をしている茂木と素早く場所を入れ替わった。


すると翔子の母親は驚くべき行動に出る。なんと左手一本で運転をしながら、ダッシュボードに置いてあったビニールテープで、自らの左手とハンドルをぐるぐる巻きに縛り付け始めたのだ。それは茂木と翔子が女将を拘束するときに使ったビニールテープの残りであった。


「マジかよ!」

 拓海はビニールテープを奪い取り、ハンドルと翔子の母親の手を引き離そうとするが、すでに数周巻き付けられたビニールテープの強度は強く、後部から見を乗り出している無理な体制ではとても引き離す事ができない。引き離そうとする拓海の力でハンドルが回され、危うく木に激突しそうになった事で、拓海は手を放した。事故を起こして誰かが動けなくなれば、それこそ事態は最悪である。


 すると、達山の手が翔子の母親の首を掴んだ。

 翔子の母親は強く首を絞められて蛙のような歪な悲鳴をあげる。

「おいあんた! 車を止めないとこのまま首を絞め上げるぞ!」

 それを見た翔子は「やめて!」という言葉を、すんでのところで飲み込む。今は全員にとっての非常事態であり、翔子一人がわがままを言っていられる状況ではない事が理解できているからだ。しかし、達山が母親を絞め殺す前に、なんとか自主的に車を止めてくれる方法が無いかを考えた。


「お母さん聞いて! 私のことを思ってくれてる事は本当にありがたいって思ってる! でも葉月ちゃんは、あの人の事は信用しちゃダメ! 私、私葉月ちゃんに……レイプされたんだよ!」

 僅かに、車の速度が落ちた。

 達山は首を絞める力を緩める。

「あの人はおかしいの! この村の人達は確かによその人達とは違う生き方をしてるけど、それを除いても葉月ちゃんはおかしいんだよ!」

「は、葉月ちゃんがそんなこと……」

 翔子の母親が一瞬振り向こうとしたその時であった。ライトバンのタイヤが何かに乗り上げ、コントロールを失う。


 フロントガラスに、太い木の幹がワイドに映った。

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