第118話

 拓海が目を覚ました時、目の前には誰かの背中があった。視線を動かすと、服の柄からそれが達山の背中である事がすぐにわかる。どうやら拓海は土の上に転がっているらしく、頬にはジャリジャリとした砂の感触と、冷たく湿った感覚があった。全身が、とくに首の辺りがズキズキと痛み、まるで熱を持っているかのようである。


 拓海は起き上がろうとしたが、腕を縄で縛られており、うまく起き上がる事ができない。


「お目覚めですか?」


 もがく拓海の上から降ってきた声は、今最も聞きたくない声であった。葉月だ。拓海が首をあげると、そこには肌襦袢を着て、片手に鎌を持った葉月が拓海を見下ろしている。


「ここは?」

 本来ならば悲鳴をあげて逃げ惑うべきなのだろうが、拓海の頭は諦めのせいか、不思議と冷静であった。

「拓海さん達が事故を起こしたところから、もうちょっとだけ奥に入ったところですよ」

 拓海が上半身を起こそうとすると、葉月は鎌を地面に起き、拓海が起き上がるのを手伝い、拓海の頬に付いた土を手で払った。


 拓海のすぐそばには茂木や翔子も同じように倒れており、皆腕が縄で縛られている。そして少し離れたところには、一軒家ほどの大きさの社が建っていた。社の前には二本の石灯籠が立っており、灯された火が辺りをうっすらと照らしている。


 そして、四人と葉月の周りを囲むように、肌襦袢姿の女達が少し遠巻きにずらりと立っていた。


 葉月は拓海を尻目に、他の三人を起こしてまわる。

 皆手足が縛られている事と、葉月の顔を見て一瞬怯えた様子はあったが、悲鳴をあげる事は無かった。そして自分達を囲む女達に気付き、自分達の状況を理解した。


「何かこそこそしてるのは気付いていたけど……まさかケシに火を点けるなんて、少しやりすぎましたね。誰の発案なのかしら」

 葉月は唖然とする四人を見下しながら言った。そして翔子に視線を合わせる。

「ねぇ、一番悪い子はだぁれ?」

 葉月は翔子の縄を掴み、無理矢理立ち上がらせる。

「拓海さん達が逃げだそうとするのは仕方ないわ。でもあなたは違う。あなたがした事は村への、私への裏切りよね」

「裏切りなんかじゃない! 私はみんなと違うんだもの! それにあなたが私を……」


 パシン


 葉月が翔子の頬を平手打ちした音が響き渡り、翔子の言葉は途切れる。

「私がせっかく目をかけてあげていたのに、忌子と呼ばれるあなたを庇ってあげていたのに、酷いわよねぇ」

「じゃあ、なんで私にあんな事したの!? あんたは最低! 最低の人間よ!」

「あなたほどじゃないわよ。あなたが逃げだそうとしなければ、叔母さんは全身がぐちゃぐちゃになって死ぬ事も無かったのに」

 その言葉に翔子は硬直した。


「……嘘」

「本当よ。運転席と木の間に挟まれて、ぐっちゃぐちゃになってたわ。全部あなたのせいよ」

 翔子は膝から崩れ落ちそうになったが、それを葉月が支える。

「みんなあなたの裏切りを知った時、あなたを殺そうって言ったのよ。だから私は罰で済ませてあげるようにみんなにお願いしたのに、あんな事になっちゃうなんて。親不孝な娘を持って、叔母さん本当に可哀想……」

 葉月は虚ろな目の翔子を、引きずるように社の前へと引っ張ってゆく。


「でもね、それでもやっぱり村で一緒に暮らした仲間を殺すのは良くないと思うの。だから翔子ちゃんは罰で許してあげる。叔母さんの命に免じてね」

 葉月は社の扉を開け放つ。

 社の中から、強烈な悪臭が溢れ出した。

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