第119話

 鼻をつく腐臭のような匂いに、拓海達は顔をしかめる。翔子は思わず嘔吐しそうになったが、手は縄で縛られており、口を塞ぐ事も、鼻をつまむ事もできない。


 うぅ……


 社の中から、獣のような呻き声が聞こえた。

 拓海が目を凝らすと、社の奥の闇の中で何かが蠢いているのが見える。


 ゔぁあ……


 その正体に気付いた時、拓海は小さく悲鳴をあげた。


 それは、肉の塊であった。いや、ただの肉ではない。肥大化した人間の肉だ。人間離れした肥え方をした男達が、社の中から這い出してこようとしているのだ。


「いやぁぁぁぁあ!!」

 後ずさろうとする翔子の肩を、葉月ががっしりと掴む。

「聞いたことあるでしょう? この村で産まれた男児はここで飼われているのよ」

 そう、それは葉月が言う通り、この村で産まれた男児達の成れの果てであった。彼女達は男であろうと身内を好んで殺さない。男が生まれた場合はある程度の年齢になるとこの社に閉じ込め、死ぬまで家畜のように飼うのだ。何の因果であろうか、この村の女児達は皆美しい姿で生まれてくるのに、男は皆醜い姿で生まれてくる。


 そんな彼らにも役目がある。


 村を訪れるのは男だけではない。しかし、この村の存在を外部に知られるわけにはいかないので、生かして帰すわけにはいかない。そして彼女達は無益な殺人は犯さない。そういう時はこの社に女を放り込み、死ぬまで哀れな男達を慰めて貰う事になる。姿は醜くくも、彼らは村の女達と同じ、いや、それ以上に性欲が旺盛である。女を見れば老若美醜構わず腰を振り、三日と経たずに物言わぬ肉塊にしてしまう。そしておもちゃが動かなくなると、彼らは壊れたおもちゃを食し、この世から消し去るのだ。


 葉月は後退しようとする翔子を、社の中へと押し込もうとする。

「いやっ! 嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 翔子は髪を振り乱して抵抗するが、葉月はその手を離さない。拓海達は立ち上がり葉月を止めようとしたが、刃物を手にした女達にあっという間に組み伏せられてしまった。


「大丈夫、翔子ちゃんは一日もしたら出してあげるから。そしたらケシを焼いた事も、村から出ようとした事も許してあげる。優しいでしょう?」

「嫌! お願い! 許して! 許して!」

 灯籠の明かりに照らされた男達の姿は、もはや人とは呼べぬほど醜く、汚れている。全身から糞尿の臭いや腐臭が漂い、異様な程に丸みを帯びた身体は全身脂肪に包まれていて、まるで肉の化け物のような様相だ。彼らに丸一日も弄ばれ続けるなど、並みの人間ではとても耐えられるものではない。半日もせぬうちに精神的な死を迎えるだろう。葉月は精神が壊れた翔子を、人形として飼うつもりであった。だから葉月をあえて泳がし、拓海達を逃すという罪を犯させ、翔子の母に翔子をここに連れてくるように誘導させたのだ。そうすれば翔子の命だけは助けるように村人達に掛け合ってやると言って。


「壊れたあなたを、私がずーっと大事にしてあげる」

 葉月は村人達に見えぬように、ニンマリと笑みを浮かべて囁いた。


 翔子の足首を、入り口近くまで這い出してきた男の一人が掴む。

「お……んな……」

 翔子は脂肪でぶくぶくと膨れた異様に太い男の腕を蹴りつけるが、翔子に興奮した男は歪な笑みを浮かべながら翔子のふくらはぎにむしゃぶりついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る