第23話

 その後、風呂に入った二人は互いの待ち人を待つために部屋に戻る。

 拓海は翔子が本当に来るのか少し不安であったが、茂木は葉月が来る事を確信しているのか、部屋に入る背中が妙にウキウキしているのが見て取れた。


 拓海は女将が敷いてくれた布団の上に寝転がり、天井を見上げる。

 胸の鼓動は平時よりも明らかに高まっており、手を当てずともドクドクと脈を打っているのがわかる。

 それはスッポンのせいだったり、風呂上がりのせいだったりするのかもしれないが、久しぶりのセックスに緊張しているのは確かであった。


 拓海は以前桜子と付き合っていた頃に、二人で大分の別府に小旅行に行った事がある。それは別にセックスを目的とした旅行ではなかったのだが、中々進展しない桜子との仲が旅行をきっかけに進展すれば良いと思って拓海が企画した旅行であった。

 桜子も拓海とのセックスに踏み切れない事を申し訳なく思っていたのか、行きの車の中で「今日は頑張ってみる」と言ってくれていた。そしてその日の夜、先に旅館の温泉から出た拓海は、今と同じように布団の上で寝転がり、桜子が温泉から戻って来るのを待っていた。今日こそはできるかもしれないと、期待に胸を高鳴らせながら。

 しばらくして、拓海は部屋に戻って来た桜子とその日の旅についてや、付き合い始めてからこれまでの事など色々と話をし、少しムードが高まったところで桜子とキスを交わした後、桜子の体に触れた。初めは強張っていた桜子の体が、拓海が優しく愛撫する事で徐々にほぐれてゆくのがわかった。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、真面目な拓海は桜子のために、セックスのハウツー本を買って、女性の体の扱いについて密かに勉強をしていたのだ。

 拓海は丁寧に下準備を施し、横になった桜子の脚を抱え、いざ挿入するという段階に入る。すると、先程まで気持ち良さげに拓海と触れ合っていた桜子の体が急激に強張り、桜子はまるで拓海を拒絶するかのように手でシーツを握りしめ、ぴったりと股を閉じる。拓海は「大丈夫だよ」と優しく声をかけたのだが、桜子は今までの蕩けたような表情を嘘のように固くして、震える声で一言「ごめん」と呟いた。

 期待を寸前で裏切られた拓海が「どうして?」と問うと、桜子は何も言わずに涙を流した。その後拓海は桜子を優しく抱きしめたが、心中は自分に対する情けなさと、桜子に対する不満が渦巻いていた。

 それからしばらくは交際を続けたが、二人は結局一度も交わる事なく、関係は終わりを告げる。今思えば、あの旅行から二人の別れは決まっていたのであろう。


 拓海が部屋に備え付けられている時計を見ると、時刻は九時を過ぎた頃であった。

 翔子は拓海に何時に来るとは告げていなかった。もしかしたら十二時を過ぎるかもしれないし、もう民宿の下に来ているかもしれない。


 拓海は気を紛らわせるためにスマートフォンを見ようと、ジーンズのポケットに手を伸ばし、気がつく。

「あれ?」

 ポケットに入っていたはずのスマートフォンが無いのだ。どこかに置いたのであろうかと、部屋の中やカバンの中を探すがやはり見当たらない。

 拓海はスマートフォンを連絡とカメラの代用以外に使用する事はあまり無いが、大学生である拓海にとってスマートフォンはやはり必需品である。もし村への滞在がこれ以上長引くようであれば、休んでいるバイト先のラーメン屋にも連絡しなければならないし、翔子達と連絡先も交換したい。そもそも高価なスマートフォンを無くすという事は拓海にとって大き過ぎる痛手だ。

 拓海は必死になってスマートフォンを探した。

 部屋を見渡しながら、拓海はふと思い出す。

 今朝露天の温泉に入った時、拓海はポケットからスマートフォンを取り出し衣類の側に置いたのであった。もしかしたらあそこに忘れてきた可能性がある。

「マジかよ」

 もしも雨でも降ったらまずい。拓海のスマートフォンには防水機能が付いていないし、雨に濡れて修理する事になれば結構な金額を取られると、以前スマートフォンをトイレに水没させた茂木が言っていた。昨夜は大雨であったし、もしかしたらまた降るかもしれない。露天の温泉まで急げば三十分もあれば往復できるであろう。

 拓海はカバンからアウトドア用のペンライトを取り出すと、急いでスマートフォンを探しに行く事にした。

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