第24話
そして拓海が部屋を出ようとしたその時である。
プツン
突然部屋の電気が消え、辺りは暗闇に包まれた。
驚いた拓海は手にしたペンライトのスイッチを慌てて入れ、室内を照らす。
停電であろうか。拓海は窓際へと歩を進め、カーテンを開けて窓の外を見たが、遠目に見える村の家々には明かりが点いており、どうやら電気が消えたのはこの民宿だけのようだ。
拓海は民宿の女将に何があったのかを聞くため、再び部屋を出ようとする。すると、拓海がドアノブに手をかけた瞬間、ドアの外に人の気配を感じた。
「……誰?」
拓海はドア越しに呼びかけてみたが、返事は返ってこない。代わりに何やら妙に甘ったるい匂いが、拓海の鼻をくすぐり始める。その匂いはドアの向こうから香ってくるようだ。
ドクン
その甘い匂い嗅いだ拓海の心臓が急激に高鳴りだした。そして全身がむず痒くなるような妙な気分に襲われる。
寒気とは違うゾクゾクとした感覚が全身を駆け巡り、その感覚は不思議な事に拓海の下半身へと収束してゆく。
体の異常を感じた拓海はドアノブから手を離し、一歩後ずさった。
「茂木か?」
そう口にしてみたものの、ドアの向こうにいるのが茂木では無いことを、拓海はなんとなく理解していた。
すると、先程とは違い今度は返事が返ってきた。
「拓海さん」
ドアの向こうから聞こえたその声は翔子のものであった。
しかし、何やら声の様子がおかしい。
風邪をひいているような、酔っ払っているような、少しボーっとした声だ。
「拓海さん。入って……いい?」
もう一度、ドアの向こうから翔子の声が聞こえる。
拓海は一瞬戸惑ったが、声の主が翔子であるのならば「入るな」と言うわけにもいかず、「いいよ」と返した。
ドアノブが回り、ドアがゆっくり外側へと開く。
すると、白い煙のようなものが室内に流れ込み、甘い匂いが先程よりもずっと強くなった。その匂いの強さに拓海は目眩をおぼえる。
そしてドアが完全に開くと、そこには薄い肌襦袢を一枚羽織り、片手に小さな香炉を手にした翔子が立っていた。匂いの元は、翔子が手にした香炉だったのだ。
拓海の手にしたペンライトの光に、翔子は眩しそうに目を細める。
その目はどこか虚ろで、何かを堪えているような、耐えているようなそんな表情を浮かべている。
「あはぁ……」
拓海を見て翔子は、トロリとした笑みを浮かべて熱い吐息を吐いた。そして部屋に入ると、後ろ手にドアを閉める。
「拓海さん……来たよ」
翔子は靴入れの上に香炉を置き、拓海へと歩み寄る。拓海はなぜかその場を動く事ができずに、明らかに普通ではない翔子をただ見つめていた。
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