第68話
達山が二杯目の茶を啜っていると、玄関の開く音がして「おはようごさまいます」と、若い女性の声が聞こえた。
台所で食器を洗っていたアヤが、居間を横切り玄関へと向かう。そして少しすると、戻ってきたアヤは、食器を布巾で拭いていた美咲を呼ぶ。
「美咲、葉月ちゃんが来てるよ」
葉月とは美咲の友達であろうか。アヤと入れ替わりに、今度は美咲が玄関へと向かう。
玄関は達山のいる居間からすぐの所にあるため、達山の耳には美咲と葉月の会話が聞こえてきた。
葉月は美咲より大人びた声をしていたが、美咲とは親しい仲であるらしい。軽い挨拶を交わすと、葉月は話をきりだした。
「あのね、今度またお寺の方に何人かお客さんが来られるのだけど、美咲ちゃんもお手伝いしてくれないかな」
それを聞いて達山はハッとする。
「美咲ちゃんももう十四だし、香を炊けば大丈夫だよ」
間違いない。「もてなし」の話だ。葉月は美咲に「もてなし」をさせようとしているのだ。達山の中でカッと怒りが湧き上がる。
「でも、あの香は私には合わないみたいで。昨日も効きすぎて頭が……」
そう言って昨夜の事を語りながら渋る美咲に、葉月は調合がどうのと言って説得を続ける。達山は湯呑みを強く握りしめ、聞き耳を立て続ける。昨夜の美咲の行動は、やはりあの香炉のせいだったのだ。
「美咲ちゃんには特別に好きな人を選ばせてあげるから」
そこまで話を聞いた達山は思わず立ち上がり、居間を飛び出す。するとそこには、達山の教え子達と同じくらいの年頃の、しかし見たこともないような美女が立っていた。
突如現れた達山に、葉月は驚いた表情を浮かべていたが、すぐにニコリと微笑み、達山に挨拶をした。その笑みに気圧されていると、美咲が達山に葉月を紹介した。彼女もこの村の村人で、美咲の姉のような存在らしい。すると葉月は小さく頭を下げて、達山に言った。
「昨夜は美咲ちゃんが粗相をしたらしく申し訳ありません。もし宜しければ、今夜は私がお相手いたします」
葉月が浮かべた笑みは、先程の挨拶の時とは違い、実に妖艶な笑みであった。見ているだけで淫らな気持ちが湧きだすような、しかし底知れぬ不気味さを秘めている。
達山が戸惑いながらも「あなたに謝られる事ではないよ」と言うと、葉月は少し残念そうな表情を浮かべた。続けて達山は「この村の事にとやかく言うつもりは無いが、美咲ちゃん程の歳の子に無茶をさせるべきではない」と、怒りを抑えた口調で葉月を嗜める。
すると葉月は先程の笑みとはまた違う、にんまりとした笑みを浮かべた。そして囁くような声で。
「その美咲ちゃんの体はいかがでしたか?」
と言った。
固まる達山を尻目に、葉月は美咲に別れを告げて玄関を出て行く。
睨みつけるように葉月の背を見送る達山を見て、美咲は言う。
「大丈夫だよ。今度はちゃんとするから」
この村は狂っている。
達山は自分でもそれが何かは分からない、はち切れそうな感情を抱えながら、強くそう感じた。
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