第69話

 その後達山は美咲の、この村にある露天の温泉に連れて行ってくれるという誘いを受け、入浴道具を借りてアヤの家を出た。露天風呂はアヤの家からたっぷり四十分程歩いた所にあり、着く頃には二人ともシャツの下にじっとりと汗をかいていた。


 道中、達山と美咲は色々と話をした。美咲は達山に、学校での友達の事や、好きなテレビ番組の事、部活で陸上をしている事などを聞かせてくれた。それは昨夜の娼婦のような美咲とはうって変わって、年相応の、むしろ幼いくらいの天真爛漫な少女の姿であった。


 そんな美咲に、達山は好きな人はいないのか尋ねた。すると美咲は、「いない」と答える。達山は少しホッとする反面、美咲の事が心配に思えた。今のように「もてなし」を繰り返していれば、いずれ好きな人ができた時に、過去を振り返り後悔するのではないかと。そしてその後悔の中には、達山の姿も浮かぶであろう。それとも、この村の人間はそのような後悔とは無縁なのであろうか。アヤは一夜限りの交わりが、まるで食事や睡眠のように当たり前であるように語っていた。アヤも美咲のような歳の頃から「もてなし」を行なっていたのだろうか。


 なぜ、なんのために。


 この村の風習であるというが、なぜそのような「もてなし」が風習になったのか。


 もしかしたら昔、この村は湯治に訪れる旅人や武士を癒す温泉街と併設して花街があり、その頃の花魁たちのあり方が未だに受け継がれているのだろうか。いや、だからといってここまでのもてなしは異常だ。十四の娘を、達山のようなほとんど見ず知らずの中年と夜を共にさせるとは尋常ではない。そして嫌な顔一つせずに性を交える美咲もまた異常だ。一体どのような教育を受ければあのようになるのか。きっと何かしら事情があるはずである。


 到着した露天の温泉で達山と美咲は服を脱ぎ、湯に浸かった。先に服を脱いだ達山は、服を脱ぐために隠れた岩陰から美咲が裸で出てくるのでは無いかと心配したが、出てきた美咲はちゃんと水着を着ていたために安心した。


 美咲は、服を脱いだ達山の胸に貼られたガーゼを見てハッとし、再び何度も頭を下げた。達山は美咲にどうという事はないと言ったが、やはり昨夜の美咲の豹変については頭から離れない。並んで湯に浸かりながら、達山は美咲になぜあのような事をしたのか聞いてみた。


 美咲は躊躇いながら香が効きすぎて錯乱したというように答える。達山はもうあの香を使うべきでは無いと言うが、美咲は、あの香が無ければうまくもてなしができないと、困ったように笑った。更に達山は、それならばもてなしをしなければどうかと言うと、美咲は今度は悲しげな表情を浮かべ、そういうわけにはいかないと言う。


 もてなしを強要されているのか、本当は嫌なのではないか、いずれこの村を出たいと言っていたのはもてなしのせいではないのかと、達山は矢継ぎ早に質問をする。


 すると美咲は、突然達山の唇を自らの唇で塞ぎ、「今度はうまくするから」と言って涙を流した。


 美咲のその姿が、達山の胸を掻き毟る。


 唇を合わせながら、達山の股間へと伸ばされた美咲の手を、達山は力強く掴んだ。そして「もういいんだ」と、美咲の頭を撫でる。


 この村から、美咲とアヤを解放する。


 達山の目には怒りと決意の炎が宿っていた。

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