第7話

 拓海と茂木が三浦家を出ると、タイミング良く民宿からの迎えらしきライトバンが拓海の車の横に付けた。

 ライトバンからは良子よりも幾分年配の女性が降りてきて、拓海達にライトバンに乗るように促す。どうやら彼女が民宿の女将であるらしい。

「あの、俺の車は……」

 拓海が自分の車を気にすると、女将が明日ここまで送ってくるから大丈夫だと言うので、二人は良子と葉月に礼を言い、急かされるようにライトバンへと乗り込んだ。


 ライトバンは五分程村の中を進み、雑木林に挟まれた坂を登ると、そこには寂れた村には似つかわしく無い程立派な二階建ての旅館のような建物に辿り着く。どうやらこの建物が良子の言っていた民宿のようだ。

 ライトバンを降りた二人はすぐに民宿の中に通される。建物自体は古めかしかったが、二人が通されたロビーは意外としっかりとしており、掃除も行き届いているようで綺麗であった。


 車を車庫に停めてきた女将は、宿帳すら書かずに二人を部屋へと案内してくれた。拓海達は女将の後ろについてロビーの角にある階段を二階へと上がり、廊下を奥まで進む。

「では、一人はこちらの部屋で、もう一人は向かいの部屋で」

 なんと女将はわざわざ二人に別々の部屋を用意してくれたようだ。

 拓海と茂木は「手持ちが少ないので一部屋で構わない」と言ったが、女将は「村の者がお世話になったのですから、料金はいただきませんので大丈夫です」と言った。それから数言「そういうわけにはいかない」「いえいえ」という問答を交わしたが、貧乏性の二人は結局女将の好意に甘える事となった。


 拓海に当てがわれた部屋は八畳程の和室で、中央にテーブル、部屋の隅にはテレビ、窓際には籐椅子が置かれていた。拓海は置いてあった籐椅子に腰掛けて、暗い竹林が見える窓の外を眺めながら一息つく。

 福岡からの長時間の運転と、山道で迷ったストレスのせいで、拓海は酷く疲れていた。

 そして拓海は、ふと葉月の事を思い出す。

 葉月の素朴だが吸い込まれるような美しさは、拓海に少しの間桜子の事を忘れさせてくれた。


 しばらくボーッとしていた拓海がトイレに行こうと立ち上がると、ノックもなしに部屋のドアが開き、茂木が顔を出した。

「なんだ、同じ間取りだな」

 室内を見渡した茂木はズカズカと部屋に上がり込み、座布団に腰を下ろす。

「しかし、思った以上にちゃんとした宿だなぁ。あのおばさん拾ってラッキーじゃん」

 茂木は思わぬ幸運に気楽に喜んでいるが、拓海は茂木のように素直には喜んではいなかった。


「でもさ、こんな隠れた村にこんな立派な民宿があるっておかしくないか?」

「そうか? これこそ隠れた名所ってやつだろ。案外金持ちにはこういうところが人気だったりするんだよな。しかし腹減ったなぁ……お前、何か持ってないか?」

 茂木の言葉に拓海は首を横に振る。

 二人は昼過ぎにサービスエリアでラーメンを食べ、先程三浦家で菓子を摘んだ以外には食事をしていなかったのだ。

 茂木が空腹を誤魔化そうとタバコに火をつけようとしたその時、部屋のドアがコンコンとノックされた。

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