第6話
「そういえば、旦那さんは今日お留守なんですか?」
茂木がふと良子に尋ねた。
良子は少し考える素ぶりをして、茂木の疑問に答える。
「えぇ、主人は市内の工場で働いていて、週末にしかこっちの家には帰って来ないんです。ほら、ここは不便な場所だし、職場から遠いから」
「へぇー、単身赴任みたいなもんですね」
良子の話によるとこの村の住民は、年配の者は農業を営み、働き盛りの男の多くは良子の夫のように鹿児島市内の大手電子部品メーカー工場に勤め、寮に入っている者が多いそうだ。
茂木は質問の相手を変える。
「葉月さんは大学生? 歳同じくらいだと思うんだけど」
葉月は首を横に振った。
「いいえ、私は高校卒業してから、ずっとこの村で農業の手伝いをしてるんです」
その答えに拓海と茂木は少し驚いた。
「へぇー、若い女の子って普通都会に出たがるものじゃない? ずっとこの……田舎の村で暮らすの?」
「茂木、その言い方ちょっと失礼じゃないか」
拓海が茂木をたしなめると、葉月はまた首を横に振った。
「いいえ、いいんです。私も普通では無いなって思いますし、ここが不便な田舎なのも確かですし……。でも、私はこの村が好きなんです」
そう言って葉月は微笑んだ。
その微笑みには一点の曇りも無く、心から幸せそうな優しい微笑みであった。
「では、僕達はそろそろ」
葉月達との話が弾み、気がつくと時計の針は十二時を回っていた。これ以上長居するのは流石に迷惑だと思い、拓海は茂木の肩を叩くと、時計を見るように目配せして立ち上がる。
ここから町までどのくらい時間がかかるかはわからないが、この時間からではまともな宿は取れないだろうし、コストを考えると漫画喫茶か、もしくは茂木と二人でラブホテルにでも泊まる事になりそうだ。
すると、立ち上がった二人を良子が引き止めた。
「待って。もう時間も遅いし、良かったら泊まって行けばいいじゃない」
そう言われて拓海は戸惑う。
「いやぁ、でもご主人がいないのに泊まっていくのもなんですし、町に出る道だけ教えていただければ……」
拓海の言葉を良子が遮る。
「それなら、この村の民宿に泊まればいいわ。親戚がやっている民宿だから、今日のお礼に安くで泊められるように話してみるわ」
「ありがたいですけど、こんな時間にご迷惑ですし……」
「でも今から町の方まで行くのは大変よ。大丈夫大丈夫、私に任せて」
良子はそう言って、どこかに電話をかけ始めた。
拓海と茂木は「こんな村に民宿があるのか?」と訝しんだが、これから町に出て宿を探すのも確かにしんどいと思い、成り行きに任せる事に決めた。
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