第131話

 拓海の大学は福岡市街から少し離れた場所にあり、駅からバスで五分ほど山を登ったところにある。敷地は無駄に広く、ディズニーランドと同じ広さがあるというのが謳い文句の一つだ。


 拓海が大学に着くと、門は開いていたが、冬休み中の構内には当然ながらほとんど人の姿は無かった。拓海は門をくぐり、敷地の中央にあるA棟へと向かう。人気の無い構内は物寂しく、やや不気味ではあったが、遠目に見えるサークル棟にはまだ学生達がいるのか、いくつかの窓に明かりが灯っている。その事に拓海は僅かに安心感を覚えた。


 A棟の中には誰も人がいないようで、廊下の電気すら点いていなかった。A棟に入った拓海は廊下の電気を点けて、大講義室へと向かう。そして大講義室のドアを開くと、不思議な事に電気は点いていたが中に茂木の姿はなかった。


 講義室に掛けてある時計を見ると、時刻は七時少し前だ。茂木は元々時間にルーズであり、待ち合わせをして時間ちょうどにくればラッキーだと思えるくらいだ。拓海はだだっ広い大講義室の中央付近腰掛け、少し早く来過ぎたかと後悔しつつ、茂木に「晩飯おごりな」とメールを送った。


 ピコン


 拓海がメールを送信した数秒後、講義室内のどこかでメールの受信音が響いた。


 拓海は立ち上がり、辺りを見渡す。しかし音の発信源は見当たらない。


「茂木か?」


 拓海の問いに答える者はいない。

 そもそも講義室内には人の姿は無く、誰かが隠れるような場所もない。


「おーい! 誰かいんのか?」


 拓海が立ち上がった次の瞬間、大講義室内の明かりが一斉に消え、室内は暗闇に包まれる。


 すると、暗闇の中で座席の一つがぼんやりと光っているのが見えた。拓海は底知れぬ胸騒ぎを抱きながら、その座席へと近づく。光る座席の上には一台のスマホが置かれていた。座席はスマホの画面の光で照らされていたのだ。


 そして、拓海はそのスマホに見覚えがあった。それに気付いた時、拓海の全身に戦慄がはしる。

 それは、あの日拓海が露天風呂で見つけた達山のスマートフォンであった。


「何でこれが……」


 スマホの画面にはメールの受信を知らせる表示が出ており、送信者欄には「拓海」と表示されていた。

 拓海の肌が一斉に粟立つ。脳が一斉に警戒信号を鳴らし始める。あの村で感じた恐怖が、危機感が、再び拓海の全身に蘇ってくる。


 拓海は震える手で自分のスマホのライト機能をオンにすると、素早く四方八方を照らす。そして、大講義室の前方にある入り口を照らした時に、ピタリと手を止めた。僅かに開いた入り口からは、誰かが顔だけを覗かせてこちらを見ていたのだ。拓海は驚きのあまりスマホを取り落としそうになったが、よくよく見るとそれは知った顔であった。


「おい! お前ふざけんなよ!」

 入り口から顔を覗かせていたのは茂木であった。

 茂木の仕業だとわかり、拓海は高鳴る心臓を手で抑えつける。


 すると、顔だけ覗かせていた茂木の首が落下し、ゴトリと音を立てた。

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