第132話

 ゴロ……ゴロ……


 床に落下した茂木の首は、数度転がり拓海の方を向く。見開かれた茂木の瞳は鈍く濁っており、そこに生命の輝きは宿っていなかった。紫色に染まったその唇は、もう二度と拓海の名を呼ぶ事はないだろう。


「……茂木」


 拓海は意味がないと知りながらも茂木の名を口にした。もちろん返事が返ってくることはない。代わりに聞き覚えのある声が拓海に返事を返す。


「拓海さぁん」

 声のした講義室の入り口を拓海が照らすと、そこには二度と見る事はないであろうと、いや、見たくないと思っていた顔があった。


 葉月だ。


 入り口から覗かせている葉月の顔は目が異様に見開かれ、口はまるで裂けているかのように大きく、以前のような美しい顔とはかけ離れた化け物じみた顔であった。それでも拓海には彼女が葉月だとわかった。多少顔のパーツが変形していようとも、その面影は忘れようがない。葉月は拓海にとって絶望と恐怖という強烈な印象を残したのだから。


「翔子ちゃんの虫が私に入ってからね、私なんだか調子がいいの。でもね、こんな姿になっちゃった」


 葉月が変わったのは顔だけではなかった。ドアから全身を見せた葉月の姿に、拓海は言葉が出てこなかった。その手足はガリガリに痩せ細り異常に長く、身長は170センチ以上ある拓海よりも遥かに高い。そしてその首の長さは並みの人間の倍はあるだろうか。人間かと問われれば首を傾げてしまう程に、葉月の全身は変わり果てている。


「こんな姿になって、もう誰も相手にしてくれないの。社の男達も村の人達も、私を見たら逃げ出すのよ。だからね、さっき茂木さんに沢山相手にしてもらったの」

 葉月はその長い腕で茂木の頭を拾うと、裂けた口で茂木の顔面をむしゃぶるようにキスをした。その光景はあまりに現実離れしており、拓海の胃袋は脳が認識を拒否する無意識のストレスでギリギリと締め付けられる。


「もう誰も私を愛してくれないの。お母さんも死んじゃって、茂木さんも動かなくなっちゃったし……ねぇ拓海さん。あなたが私を愛してぇ」

 そう言って葉月は茂木の頬に歯を立てて肉をこそぎ取ると、目を細めてぐちゃぐちゃと咀嚼する。そしてうまそうに嚥下すると、まるでドッジボールを投げるかのように拓海に向かって茂木の頭部を投げつけた。拓海がそれを身を縮めて躱すと、机の角に叩きつけられた茂木の頭はスイカのように砕け、飛び散った脳漿が拓海の頬に張り付いた。


「大事なオトモダチのアタマよ。ちゃあんとつかまえなきゃぁ」


 葉月はニタリと笑い、拓海へと向き直る。そこでようやく拓海の足が動いた。

 しかし、一歩下がった拓海は、茂木の脳漿でズルリと足を滑らし、尻餅をつく。葉月は拓海に向かってゆっくりと歩みを進めながら、身に纏った服を脱ぎ始めた。


「ワタシをダきたいでしょう? ネェ?」

 服を脱いだ葉月の裸体は、手足と違い胸は牛のように膨れ、餓鬼のように出張った腹部ではボコボコと何かが蠢いている。そしてその股座からは得体の知れぬ液体がボトボトと垂れていた。なぜ葉月がそのような変貌を遂げたのかは拓海にはわからないが、その歪さには以前のようなセックスアピールは僅かにも感じられない。それは翔子の怒りが葉月にかけた、ある種の呪いのようにも感じられた。

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