第43話
テーブルに置かれたメモを見た葉月は一瞬目を細めると、それを手に取り眺める。そして首を傾げた。
「『この村は灯籠村では無い』って、これ、何ですか?」
葉月は訝しげな表情を浮かべ、メモから拓海へと視線を移す。
「これを読んで、葉月ちゃんはどう思う?」
このメモについて突き詰めてしまえば、拓海はもう後には引けないような気がしていた。しかし、葉月はとぼけているのか、本当にメモの意味が分からないのか、相変わらず首を傾げながら考えるそぶりを見せている。
「さぁ……ナゾナゾかしら? これは、拓海さんが書いたんですか?」
拓海が首を横に振ると、葉月はメモをテーブルの上へと戻す。
「このメモはどこで?」
この期に及んで拓海はその質問に答える事を戸惑ったが、このままでは何も進まぬと思い、答える。
「これは、今朝温泉で葉月ちゃんと会う前に見つけたんだ。あのイノシシの血の跡があった所で」
拓海の言葉を聞いて、葉月は小さくため息をつく。
「はぁ、なるほど……そうでしたか」
そしてどこか悲しげな、残念そうな表情を浮かべる。そしてしばらくの沈黙の後、思わぬ質問を拓海に投げかけてきた。
「拓海さんは、人は何のために生きていると思いますか?」
あまりに突然過ぎる質問に拓海は戸惑う。
「何のためって……幸せになるため、とか?」
問いに対して拓海にパッと思いつく答えはそれくらいであった。それは誰もが思いつくような、しかし間違いでは無いと思える無難でありきたりな答えである。
それを聞いて葉月は頷く。
「そうですよね。私もそう思います」
そして更に言葉を続ける。
「では、幸せって何でしょうか? ただ長生きして家族に看取られながら死ぬ事を目指して生きる事だけが幸せの形でしょうか?」
拓海は葉月が何を言いたいのかを汲み取る出来なかったが、今葉月が語り始めた事は葉月にとって大切な事であるように感じる。
「俺は違うと思うよ。それは一つの幸せな人生の終わり方だとは思うけど、そういう死に方ができない人がみんな不幸だとは思わないし……。まぁ、あんまりそういう事は考えた事無いけどさ」
葉月は僅かに微笑む。
「そうですよね。死が必ず訪れるものだとするならば、私は例え短い人生でも、満たされて死ぬ事ができれば幸せだと思うんです」
頷きながら語る葉月を見て、拓海は遠回りをしながら話が核心へと迫って来ている事を感じた。それはもう、拓海が後には引けなくなってきている事を示していた。
「きっと都会に住む人達とこの村の人達とは、生と死への向き合い方が違うのでしょうね。私達は生と死を遠ざけず、常にそこにある絶対的なものであると考えています。だからこそ、生まれてくるもの、死にゆくもの、どちらにも敬意を払います」
「そうしなければ、私達は人ではいられないから」
そう語る葉月の目の奥が、再びウゾウゾと蠢き始めた。
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