第74話

 それを見た達山は、思わず声をあげそうになるのを必死に堪えた。手足の無い男は女に跨られながら、正気を失ったような目で宙を見ている。


 達山はあまりの衝撃にその光景から目を離す事ができない。あれは彼女達がやったのであろうか。アヤも美咲も達山をあのような姿にするつもりだったのであろうか。そう考えると、達山の体には鳥肌が立ち、ぶるりと震えた。


 達山がその場を動けずにいると、部屋の引き戸が空き、全裸の二人の女が入って来た。先程蔵の前を通った女達かもしれない。


 女達は部屋中に充満する香炉の煙を思い切り吸い込み、吐き出す。そして恍惚とした表情を浮かべると、横たわる男の体を愛撫し始めた。すると正気を失っていた男の目に、僅かに光が戻る。そして喘ぎ声とも悲鳴ともつかぬ声をあげはじめた。


 上に跨る女はにんまりと笑みを浮かべ、より一層強く腰を振る。そして数秒の後、男は絶頂を迎えたのか、蛙の断末魔のような、一際大きな声を上げてビクビクと痙攣する。しかし、女は腰を振るのを止めない。まるで喜びに打ち震えるかのように、髪を振り乱し、嬌声をあげ、何度も何度も腰を打ち付けた。


 やがて、上に跨る女も甲高い声をあげて絶頂を迎える。女が腰を上げると、ドロリとしたものが女の股から溢れた。そして女はゆっくりと男に倒れ込み、男の頭を愛おしく抱きかかえるようにして、男の耳に口を寄せ、開いた。


 愛の言葉でも囁くのか。

 達山は一瞬そんな風に思ったが、それは違った。


 突如、男がこれまでとは比較にならぬ程の大声で絶叫したのだ。


 女は男の頭を掴み、先程とは逆に遠ざけるように引き離す。


 体を起こした女の口には何かがぶら下がっている。


 達山は己の目を疑った。


 女の口からぶら下がる、まるで一枚の細切れ肉のようなそれは、男の耳であった。


 女はそれを細く長い指で摘むと、上品な仕草で口へと押し込む。そしてゆっくり咀嚼すると、大きく喉を動かし嚥下した。


 跨っている女が男の耳を食い千切ったのを皮切りに、男の体を愛撫していた女達も男の体にかぶりついた。一人は首元に、一人は脇腹に、歯を立てて食らいつく。男は絶叫しながらジタバタと暴れるが、手足が無いうえに、女に跨られていてはまともに抵抗できない。蜘蛛の巣にかかった蝶よりも無力だ。


 信じられぬことに、女達は男の体を「食べ」始めたのだ。


 跨る女は再び男に顔を近付け、今度は頬にキスをした。そして男の頬肉へと食らいつく。そして顎に力を込め、まるで餅でも喰らうかのように引き千切る。顔の筋肉が露出し、男はグロテスクや痛々しいの言葉では足りぬ酷い姿となる。


 脇腹に噛み付いた女は、肉の削がれた男の体に手を入れて力強く引き抜く。その手には血にまみれた白い何かがあった。女はそれに付いた血肉を舐めしゃぶり、達山の方へと投げ捨てる。板の間を転がってきたのは、へし折られた男の肋骨であった。


 首元に食らいついていた女が、首の肉を咥えながら頭を上げる。すると、男の首元から赤い小さな噴水が噴き出した。頸動脈を損傷したのだろう。赤い噴水は、男に食らいつく三人の体をぱらぱらと朱に染めてゆく。朱に塗れながら女達は笑みを浮かべ、食事を続ける。


 よく、映画などで頸動脈を刃物で断たれて即死するシーンがあるが、診察台にいる男はそうでは無かった。女達に体を食い散らかされ、自らの血を浴びながらも、意識はまだあるようで、声にならぬ声をあげながら、無い手足をばたつかせている。それは最早、地獄のような有様であった。


 早く、早く死んでくれ。死なせてやってくれ。


 達山が名医であろうと、男を助ける事はもう叶わない。逃げる事も忘れ、達山は震えながら普段信じてもいない神に、早く男を楽にしてくれるように祈る。それ程に、その現場は凄惨たるものであった。

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