第一幕ー8
「もう、いい加減にしてよ! いつまでそうしているつもりなのっ! 私だってもう限界なのよっ!」
私の金切り声に驚いたのか、天井裏で鼠がパタパタと走り回る音が聴こえた。
「オマエ……誰に向かって口きいてるんだよ?」
悠介の生気のない瞳に鈍い光が宿った。その獣のような目にギロリと睨まれ、私は、恐怖で身動き一つとることができなかった。次の瞬間、私は胸ぐらをつかまれ、物凄い勢いでそのまま畳に叩きつけられた。頭を強打したせいか、視界がぼんやりと歪んで見えた。天井から石の礫が堕ちてきたのだと思った。自分が殴られているという状況を理解するまで、かなりの時間を要した。それくらい、私は錯乱していたのだ。躰は痛みに耐え兼ねて悲鳴を上げていたが、私は、声一つ上げることができなかった。どれくらいの時間暴行を受けていたのかわからない。朦朧とした意識の中、私は天井の染みを眺めていた。薄汚い女が泣いているみたいな不愉快な染みだった。
その日を機に、夫の怒りの矛先はすべて私に向けられるようになった。
「馬鹿! 愚図! 根暗! ブス! オマエみたいななんの取り柄も魅力もないような女を俺の妻にしてやったんだ! ありがたく思え!」
毎日浴びせられる言葉の暴力。私が、少しでも口答えしようものなら、容赦なく殴られた。暴行の頻度は徐々に高まり、前回受けた暴行の傷や痣が癒えぬうちに、また、新しい傷や痣が増えていった。赤、青、紫、黄色、橙色……美容室でカラーリングをする時に見せられるカラーサンプルが、私の躰に生々しく描かれているようだった。
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