第三幕ー21
東京メトロ
ようやく綾芽の元へ辿り着いた悠介は、ふうっとため息を吐いた。
「高級マンションっていうのは、こうも面倒臭いものかねえ? フロントの姉ちゃんが、俺のこと不審者見るみたいな目で見てたぜ。これでも小綺麗にしてきたつもりなんだけどな」
「このマンションには、政治家や芸能人、会社社長とか、経済的にゆとりのある人たちが多く暮らしているのよ。だから、セキュリティはどうしても厳重になってしまうの。悠介も直ぐに慣れるわ」
「俺みたいな社会の底辺を這いずり回って生きてる奴からすりゃ、ここは異世界だぜ。そいつらと肩並べてるオマエも大概すげえけどな」
約二年ぶりにワイシャツを着た悠介は、面倒くさそうにボタンを外しながら、両手両足を伸ばして、ふかふかのソファの上にどすんと腰掛けた。
「着替える?」
「ああ」
綾芽は、悠介の背後に回りワイシャツを脱がせ、ハンガーに掛けた。箪笥の底から引っ張り出してきたのだろう。安い防虫剤の強い臭いが綾芽の鼻をかすめた。綾芽は、悠介の隣に寄り添うようにして腰掛けた。悠介の体臭が綾芽の中の女を刺激し、下着を汚した。
「清花、家を飛び出してからあなたに一度も会ってないって言ってたけど、本当なの?」
「ああ。俺が不在の時を狙って来てる可能性はゼロじゃねえけど、一度も会ってないっていうのは嘘じゃねえよ」
「彼女、あなたに会ったら殺されるかもって言ってたわ。ちょっとやり過ぎたんじゃないの?」
「ああ。最初は手加減してたつもりだったんだけどな。アイツ、うじうじ、じめじめしてるだろ? 『私は悲劇のヒロイン。耐えるしかないの』みたいな面見ると、ついカッときちまうんだよな。俺の躰ん中にはクソ親父と同じ汚ねえ血が流れてるんだ。所詮抗うなんて無理だったんだよ。もしもアイツの分の血だけまっとうな男の血と入れ替えることができたら、俺はまともな人間に成れるのかね?」
悠介はそう言って、ウイスキーを喉に流し込んだ。
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