第三幕ー52
「昔々、あるところに、『
ある日、慶は、宮間に、この公演を最後に自分は舞台俳優になる夢を諦める意志を伝え、
宮間の情け深い性格を利用し、『一度だけでいいから、俺を、舞台の上へ立たせてくれ!』と懇願しました。慶には、宮間の心の中の葛藤が、手に取るようにわかりました。故意に舞台を降りることに対する嫌悪感と役者としての矜持。これまでずっと互いを高め合ってきたライバルであり幼馴染であり親友である慶からの涙ながらの懇願。”役者としての矜持”をとるか”親友への情け”をとるか。宮間は、死者の魂の善悪を判定する裁きの天秤の左右にそれぞれを乗せ、どちらを選ぶべきかを考えているような表情をしていました。慶は、追い打ちをかけるようにして、宮間に土下座をし訴えました。『頼む、頼む、これが最期だから』。二人の間に長い長い沈黙が続きました。『一回きりだぞ』。と、宮間は声を震わせながら慶に言いました」
ぱちぱちと両手のひらを合わせる音が室内に響いた。清花だった。先刻まで泣き喚いていた赤子が数分後にけろっとして笑っているみたいに、清花は嬉々として、ミヤマの話に聞き入っていた。
「どうも、参りましたね。本当にどっちなんでしょう」
そう呟いて、ミヤマは続きを話し始めた。
「ありがとうございます。観客席のお客様にお喜び頂けたようですので、引き続きご清聴頂けたら幸いでございます。さて、慶と宮間の裏取引が成立した翌日、劇団に宮間の妻の
奇跡の大成功を収めた慶は天狗になり、宮間の死を知らぬままスポットライトの光の下、喜びに酔いしれていました。しかし、慶が持て囃されたのは、ほんの少しの間だけでした。親友の宮間に泣き落としをして立った舞台。あの日の慶の演技は神懸かっていました。「これが最初で最期の舞台」という強い想いが、慶の本来の実力以上のものを引き出した、奇跡の舞台だったのです。幸い、慶は、女性ファンに好まれるルックスをしていたので、ミーハーなファンたちは彼に夢中になりましたが、彼女たちが愛したのは、慶の演技ではなく慶のルックスだったのです。慶の演技力は専門家や本物の芝居ファンには簡単に見破られてしまい、メディアで酷評され、慶は舞台を降ろされ、その後二度とスポットライトを浴びることはありませんでした。はい、おしまい。ご清聴ありがとうございました」
ミヤマは、清花に深々とお辞儀をした。
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