第三幕ー51『第十二場』

 推定日時。三月一日。二十三時。


 清花が監禁されてから、約一カ月が過ぎた。


『ご自分が置かれている状況、理解していらっしゃいますか?』


 ミヤマに言われた言葉が、清花の頭の中を回転木馬のようにぐるぐるとまわっていた。もう策は尽きた。策というほどの策ではないが。いっそ、監視役のどちらかを殺してしまおうか? 太っちょの美咲と、ひょろひょろのミヤマ。どっちにする? 隙のある美咲の方が不意打ちするには好都合かもしれない。何か武器が必要だ。ベッドとテーブル。持ち上げることが可能なのはテーブルの方だが、流石にテーブルでは不意打ちは無理だろう。テレビドラマみたいに、都合よく花瓶とか金槌とか置いておいてくれたらいいのに。気が利かない。そこまで考えて、清花はひとりケタケタと笑った。ここから脱出する、という目標があった時は、ギリギリのところで理性を保つことができていた。しかし、一縷の望みを失った清花の精神は日に日に闇に浸食されていった。清花の頭の中で、幻灯機による上映会が始まった。投影される写真に合わせて清花は台詞をつけていった。この日映し出されたのは、「なかよし公園」で、初めて綾芽を見た日の写真だった。幼い綾芽は、薄汚い木のベンチに腰掛け、なにやら本を読んでいる。


「ああ、知っていましたよ。私めが彼に愛されていないことは。いつだって、彼の瞳に映し出されていたのは、お美しい姫様でしたもの。これはこれは、お美しい姫様、海の向こうから遠路はるばるようこそおいでくださいました。貴方のような高貴なご身分のお方が、かような薄汚い町に留まるなどおやめなさいまし。その美しいおみ足が泥で汚れてしまいます。まあ、なんて素敵な純白のワンピース! 姫様の透き通るような白いお肌によおくお似合いでございます。私みたいな下賤の醜女が着たら、それこそ、町中の民たちの笑い者になることでしょう。これこれ、悠介よ。そのような厭らしい目で姫様を見てはならぬ。オマエのような下賤の者が相手にされるわけがなかろう。オマエには私がいるではないか? 分相応だよ。分不相応なものを手に入れるためにはオマエの大切なものすべてを犠牲にしなければならない。おやめなさい、おやめなさい、おやめなさい、おやめなさい、おやめなさい、おやめなさい、おやめなさい、おやめ、おやめ、おやめ、おやめ、おやめ、おやめ、おやめ、あやめ、あやめ、あやめ、あやめ、あやめ、あやめ、あやめ、あやめ」


 次の瞬間、地下室内に、清花の悍ましい狂い笑いが響き渡った。涼し気な顔をして、本を読んでいたミヤマが、本を閉じ、拍手をしながら、清花の元へと近付いてきた。

「清花さん、私の声が聴こえますか? それは演技ですか? もし演技だとしたら、貴方素質ありますよ。少なくても私よりはね。どうです? ここを出て、どこかの町で演劇でも始めたらいかがでしょう? 貴方、この前は『私みたいな暗くて地味な女が、人前でお芝居を披露するなんて、分不相応過ぎます』なんて、謙虚なこと仰ってらっしゃいましたけど、実は、名役者なんて呼ばれる役者さんって、案外、貴方みたいなおとなしい性格の方が多いんですよ。意外でしょう?」

 清花は金魚のように口をぱくぱくさせながら、じっと、天井を見上げている。

「うーん。どっちなんでしょう? 本当に壊れてしまったのか、自己防衛のための演技なのか? まあ、どちらでもいいです。聞きたければ聞けばいいし、聞きたくなければ聞かなくていいです。これから、少し、私の昔話などをさせて頂きますね」

 そう言って、ミヤマは、昔ピアノが置かれていたという、他より少し床が高くなっている舞台のような場所へ立った。

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