第一幕ー32『反省文5』
高校卒業後、私は都内の短大に進学。悠介は大学に進学し、私たちは、順調に愛を育んでいった。短大を卒業した私は事務の仕事に携わり、悠介の大学卒業を心待ちにしながら二人の将来のために散財をせずコツコツと貯金をした。少しずつ通帳の貯金額の桁が増えていくと、二人の「幸せ」が増えていくようで、堪らなく嬉しくなった。都内の一流大学を卒業した悠介は、東証一部上場の電気機器メーカーに就職した。悠介が入社した年のクリスマスの日に、私たちは晴れて結婚した。お互いの家族、親族、少数の友人だけを招待してひっそりと式を挙げた。私も悠介も結婚式自体に拘りはなく、式にお金をかけるくらいなら、これからの二人の暮らしを少しでも豊かなものにするために大切にお金を使おうということで意見が一致した。私の家族も悠介の家族も、私たちの結婚を心から喜んでいた。特に、幼少期から悠介に全幅の信頼を置いていた母は大変な喜びようで、
「あなたも隅に置けないわね。どこぞやの気取ったお嬢様に悠介くんを盗られないで本当に良かったわ。あなたみたいな冴えない子を伴侶として選んでくれた悠介くんに感謝して、生涯決して裏切ることのないよう慎ましやかに振る舞うのよ」
と言って、下卑た笑顔を浮かべた。
悠介の年末年始の休暇を利用して、私たちはサイパンで夢のような時間を楽しみ、新居で二人だけの年越しを迎えた。今思い返せば、この頃が私の幸せの絶頂期であり、自由と幸せを求めて家を飛び出した世間知らずの少女が社会の泥濘にはまり、じわりじわりと沈んでいくような悲劇はすでに水面下で幕を開けていたのだ。新しい年を幸福の絶頂の中迎えた私たちは、それぞれの実家に新年の挨拶に出掛けた。道すがら、私たちの視界にスカイブルーの塗り壁の大きな一軒家が飛び込んで来た。嘗て、「白亜の城」を要塞のようにぐるりと取り囲んでいた重厚な門まわりは、解放感のあるセミクローズドタイプの門まわりへとリフォームされており、門扉の横には「シェアハウス スカイブルー 北千住」と書かれたポップなデザインのアクリル表札が掲げられていた。六年前のあの日、綾芽が私たちの前から姿を眩ませてから、私たちは、綾芽のことを話題に出すことを意図的に避け、「白亜の城」が聳え立っていたこの道を通ることを拒絶していた。あの日に限って、私たちが、元・北原邸前を通ってしまったことは、これから先、私の身に降りかかる悲劇を暗示していたのかもしれない。
「ここ……シェアハウスに建て替わったんだな」
何も言わないのもかえって不自然だと思ったのか、悠介がぼそりと呟いた。
「そうだね……」
と答えたきり、私たちはそれ以上言葉を交わすことなく淡々と歩いた。
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