第一幕ー33
久しぶりに訪ねた実家のマンションは、相変わらず薄汚れた薄墨色で、先刻目にしたスカイブルーのシェアハウスを「喜劇」と例えるなら、こちらは、間違いなく「悲劇」だった。両家が悠介の実家に一同に会し、晴れて夫婦となった私たちが訪れるのを今か今かと待ち受けていた。テーブルの上には、母と義母が腕に縒りを掛けたご馳走が所狭しと並べられ、皆一様に上機嫌だった。
「松永さんのお宅とは、この子たちが生まれる前から、家族ぐるみでのお付き合いをさせて頂いておりましたが、まさか、本当に『家族』に成れるなんて夢にも思っておりませんでしたわ。こんな不束な娘を悠介くんの伴侶に選んで頂いて、いくら感謝しても足りないくらいですのよ」
母が、普段使わないような上品ぶった言葉で話すのが酷く下品で反吐が出た。
「山中さん、そんなご謙遜を。清花ちゃんは、慎ましやかで真面目で芯が強くて、悠介には勿体ないくらいですわ」
終始こんな感じで宴は延々と続いた。太陽が夜闇に呑まれ始めた頃、終始不機嫌そうだった晴花が、とうとう癇癪を起した。両親は、申し訳なさそうに悠介の両親に何度も何度も詫びを入れ、宴はお開きとなった。新婚の夫婦が別々に過ごすのも野暮だということで、私は、悠介の実家に泊まることになった。
悠介の部屋には何度も入ったことがあるが、ここで二人きりで夜を明かすのは初めてのことだった。悠介は、高校卒業と同時に大学の近くのアパートで独り暮らしを始めたので、この部屋は主を失ったわけだが、部屋は物置き部屋などにされることなく、当時のままの姿で主を迎え入れてくれた。こまめに掃除もされているのだろう。埃ひとつない清潔な部屋を見て、悠介は、家族に愛されているんだなあと、少し羨ましく思った。親戚一同に代わる代わる酌をされ呑み過ぎたのだろう。悠介は、布団の上で大の字になり大きな鼾をかいて深い眠りに就いていた。時計の針は深夜零時を回ったところだった。尿意を催した私は、気持ち良さそうに眠る彼を起こさないように、そっと布団から出て、トイレへと向かった。用を済ませた私は、きっと、もう眠っているであろう義両親を起こさないように、細心の注意を払って廊下を歩いた。丁度、義両親の寝室の前を通り過ぎようとした時、ドスンっという物凄い音が聴こえ、その後、何かを叩きつけるような鈍い音やら、ごろごろと転がる音、そして、悲痛な叫び声が聴こえてきた。強盗でも侵入したのではないかと思い、私は、恐怖でガタガタ震える手で片目の幅くらいドアを開け、中の様子を窺った。私は目を疑った。
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