第一幕ー34

 あり得ないっ! こんなことがあっていい筈がない! 

義父が義母の上に馬乗りになって義母を殴り続けている。義母は「もう、やめてっ!」と金切り声を上げながら、義父の顔やら腕を爪で引っ掻き、痛みで義父の動きが止まった隙を突いてゴロゴロと床を転がり暴力の嵐から逃れるが、義父は執拗に義母を捕え、再び拳を浴びせ続けていた。私が子どもの頃から知っている悠介のお父さんは、いつも笑顔で、優しくて、よく私にお菓子をくれた。


 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!


 この時、私の双眸に映し出された義父の顔は飢えて狂った獣のようだった。恐ろしさのあまり全身の力が抜けた私は、そのまま足元からぬるりと崩れ落ち、膝が床についた状態で歯をガチガチと鳴らしていた。ふと、背後から悠介が私を抱きしめ、悠介の部屋へと抱き抱えて行った。震えが止まり言葉を発することができるようになるまでにかなりの時間を要した。

「清花、怖い思いさせてごめんな……」

 悠介が憂いを帯びた声で言った。

「お義母さん、大丈夫なの? 助けなくて良かったの?」

「アイツは加減してやってる。死ぬまではやらない」

「いつからなの?」

「俺が物心ついた頃からずっと……母さんだけじゃない。俺や姉貴も、ずっとアイツのストレスのはけ口にされてきた。だから、姉貴は、早々に男つかまえてこの家を出た。今、どこで何してるのかもわからないけど、たぶん、ここに居るよりはマシな暮らしをしていると信じてる」

「じゃあ、悠介の躰にある傷跡は……」

「ああ、アイツにやられたんだ。他の傷は治せたけど、この傷だけは遺っちまった」

 私は、悠介の背中にできた深い傷跡を思い出し、胸が締め付けられた。

「どうして、何も言ってくれなかったの?」

「オマエに話したところで、俺たちをアイツの魔の手から助け出すことができたのか?」

 私は、無力なくせに、偽善者ぶった言葉を吐いてしまった自分を深く恥じた。

「どうする? 今ならまだ間に合うかもしれないぞ。別れるか? 認めたくねえけど、俺の中には確実にアイツの血が流れている。もしかしたら、何かの拍子に俺の中に眠っているアイツの血が暴れだして、オマエに危害を加えるかもしれないんだぞ」

「そんなこと! あるわけないじゃない! 私が知っている悠介は、優しくて正義感が強くて……あなたが私にあんな酷いことをするわけないじゃないっ! 私、あなたを信じてるっ! 別れてなんてあげないんだからっ!」

 そう言いながらも、私の心の奥底に黒い芽が萌えたつのを感じた。

「そうか……こんな俺を信じてくれるんだな、ありがとう、清花」

 そう言って、私たちは、温かい布団の中で互いの躰を重ね合わせた。

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