第一幕ー35『反省文6』

 勤務前、休憩室のテレビ画面越しに見た以前にも増して美しくなった綾芽の姿が私の脳裏にこびりついて、どんなに振り払おうとしても消えてくれなかった。私の頭の中は綾芽でいっぱいで、ただでさえ鈍臭い私は、仕事でヘマをやらかし、上司にこってり絞られた。職場を牛耳っていた、学生時代のスクールカーストを未だに引き摺っているような頭の悪そうな主婦たちのグループはそんな私を見て嘲笑っていた。私は何処へ行っても、お山の底辺に振り当てられる人間なのだ。コールセンターでの仕事を終えた私は、コンビニの深夜バイトへと向かった。上司に散々言葉の暴力を浴びせられた私は、正直、このまま家へ帰りたかった。しかし、家に帰れば、夫による言葉の暴力に加えて躰への暴力が待っている。私は、一分一秒でも長く夫と離れていたかった。


 錦糸町ラブホテル街にあるコンビニエンスストアの客層は大半がカップルだった。特に深夜残業の時間帯は、酔った勢いで性欲をもよおした男女が、コンドームを求めてこの店に入ってきた。

「もうっ! このことリカには絶対内緒だからねっ!」

 私、エッチなことなんてまるで興味ありませんっ! と公言している清純派アイドルみたいな顔をした女が、染色していない艶やかな黒色の長い髪をサラサラとなびかせながら、金髪のバンドマン風の男の手をぎゅっと握りながらレジに向かって来た。男はぞんざいにお洒落なデザインのコンドームをレジに置きながら、

「あ、あと、セッター」と、まるで、壁に話し掛けるようにぼそぼそと言い、

「言うわけねえだろっ! アイツ、メンヘラだからな。俺だって面倒ごとはごめんだぜ!」

 と清純派気取りの女に言った。綾芽のことで頭がいっぱいだった私は、客の男と女が、若い頃の悠介と綾芽とダブって見えた。清純派アイドルと金髪バンドマンが帰った後、同僚のフリーターのバイトくんが、

「わあっ! 今の子、地下アイドルの『ももりん』っすよー! 友達の彼氏とやっちゃうとか、ヤバいっすねー。あっ! 俺、もう休憩入って大丈夫っすよね? ツイで拡散してくるんで!」

 と言って、特ダネを入手した芸能リポーターのように、そわそわしながらバックヤードに消えて行った。

「ツイッター……SNSか」

 私は、ぼそりと呟いた。

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