第二幕ー37


 五月十六日。快晴。


 インターハイ地区予選決勝。都立阿佐美高等学校男子テニス部は、昨年の覇者「秋島あきしま学園高校」を抑え、優勝した。この日、私は、清花との裏取引で約束したとおり悠介を振り、二人の前から姿を消した。大好きな私の王子様。あなたからの告白、天にも昇る気持ちでした。あなたを受け入れない理由なんてあるわけがない。清花さえいなければ。あの時のあなたの今にも泣きだしそうな顔、あなたを深く傷付けてしまった罪悪感。あの瞬間、私の心は、死んでしまったのです。

 私は、パパとママに、夏休み明けから私立の高校に編入したいと打ち明けた。どれだけ強固に反対しても地元の公立高校に固執し続けていた私の突然の告白に、両親は驚きを隠せない様子だった。

「そりゃあ、パパもママも、綾芽が私立の名門校に編入してくれることには大賛成だけど、急にどうしたんだ? 何か学校でいやなことでもあったのか?」

 パパが心配そうに訊いてきた。

「何もないのよ。ただの気まぐれ。私の我儘なの。ごめんなさい」

「ねえ、あなたと同期の田山たやまさんのお嬢さん、確か『聖アガタ女学院』に通ってらしたわよね? あの学校、確か二学期制だったわよね? 偏差値は七十前後くらい? 空きさえあれば、編入試験は問題ない筈よ」

「そうだな。すぐに、田山に連絡を取ってみるよ」


 こうして、私は、本来、私のようなお嬢様に相応しい私立の高校へと編入することになった。私の高校編入が決まると、パパとママは「白亜の城」を手放し、世田谷区成城せたがやくせいじょうにある建売住宅を購入した。まるで前々から決められていたような迅速な行動に私は吃驚した。きっと、パパとママは、ずっとこの地に移り住みたかったのだろうと思った。私が、頑なに下町に執着していたから実行に移すことができなかったのだろう。

 突然連絡が取れなくなった私を心配したクラスメイトたちから毎日山のようにLINEやメールが届いた。私はそれを読むことさえしなかった。すべてを忘れてしまいたかったのだ。悠介からは何の連絡もこなかった。きっと、私に裏切られたと思い憤っているのだろう。邪魔者を排除した清花はここぞとばかりに悠介に接近するだろう。悠介は私への当てつけに清花の想いを受け入れるかもしれない。どうでもいい。好きにしたらいい。もう、私には関係のないことだ。

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