第一幕ー19


 その後、私は、元々入ろうと思っていた文芸部に入部した。文芸部は、私にとって居心地が良い場所だった。三年生が三人、二年生が二人、一年生が三人のこぢんまりとした部で、活動は週一回。前の週の活動日に部員たちで決めた本について、感想を言い合うだけで良かった。活動日以外も部員は部室を使うことができ、部室で公募に応募する小説を書いたり、好きな本を読んだり、部室に入る時に軽く挨拶を交わす以外は皆、それぞれが自分の世界に没頭していた。私は、然程熱心に読んでいない文庫本を読みながら、ちらちらと部室の窓からテニス部の練習風景を眺めていた。そして、テニス部の活動が終わると、挨拶もそこそこに部室を去り、悠介、綾芽と一緒に下校するのが習慣になっていた。暫くの間は、悠介と話すことができる下校時間が私の心に喜びと安らぎを与えてくれた。たまに出るテニス部の話題にも何とかついていくことができた。しかし、夏休みが終わった頃から、私は、テニス部の話題についていくことができなくなっていた。新人戦や他校との練習試合や、夏合宿、部内で噂されている恋バナなど……私だけが蚊帳の外に放り出されたようで不快だった。テニス部の話題が上がるたびに私は、厄介者の妹の所為で悠介に会うことが叶わなかった十二歳のときのあの長い夏の日々を嫌でも思い出さずにはいられなかった。悠介と綾芽。甘い砂糖の糸が、目で捉え切れないほどの速さでぐるぐる回ってふわふわの綿菓子に成っていくように、私の知らない二人だけの秘め事が増えていく。

「私が知らない話をしないでほしい」

 そう言えたなら、心の底に溜まった澱が朽ちて異臭を放つまで汚れることもなかったのだろうか。今になっていくら考えてみたところで、過去が変わるわけではないし、あの時の私は、嫉妬深く面倒な女だと、悠介に嫌われることが何よりも耐え難いことだったのだから、たとえあの頃に戻ることができると言われたところで結果は同じだ。考えあぐねた末、私は、二人と距離を置くことにした。私のための決断だった。私の心が粉々に砕け散ってしまう前に眼前の事実から逃げてしまおう。謂わば、自己防衛本能が働いた。ただ、それだけのことだ。私は、押したり引いたり、恋の駆け引きができるような器用であざとい女ではないし、そんな仰々しいことができるほど自分に自信がある筈もなかった。消去法で導き出した苦渋の決断が、後に功を奏するなどとは微塵も思ってはいなかった。二人に、距離の置き方が不自然だと気取られまいと、私は、妹を利用した。妹が体調を崩したため付きっきりになっている母の代わりに家事全般をやらなければならない、と告げた。綾芽は満面に同情の色を浮かべ、

「何か私にできることがあったら、遠慮なく言ってね」

 などと、善人ぶって言った。私は、彼女のこういうあざとさが反吐が出るほど嫌いだった。

悠介は、「そうか。大変だな」と呟いただけだった。悠介にとって私の存在なんてその程度のものだと思った途端、虚しさと安堵がないまぜになったような奇妙な感情が沸き起こった。きっと、私にとっての悠介の存在は麻薬のようなもので、それなしで生きていくことができるのなら、その方が余程健全に違いないと思った。しかし、強く依存していたモノを断つことは簡単なことではなかった。彼と関わり合わない生活に慣れるまで、私は、眠れぬ夜を幾夜も過ごさなければならなかった。数分置きにスマートフォンの着信履歴、LINEを確認した。そのたびに、自分が惨めになった。大切にしていた宝物をどぶに放り捨ててしまったかのような後悔の念が、真綿で首を絞めるように私を苦しめた。

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