第一幕ー20
そんな辛い日々も、新しい年を迎える頃にはだいぶ楽になっていた。生まれて初めて告白をされて、彼氏もできた。文芸部の二年生の先輩だった。部室に入り浸っている私のことを熱心な読書家と勘違いしたのだろう。本が大好きな彼は、頻りに私に難しい本を勧めてきた。彼は特にシェイクスピアに傾倒していて、ご自慢の蔵書を持ってきて私に貸し出した。「ねえ、どうだった?」と、毎日のように感想を求めてくるのが煩わしくなって、私は、その作品のあらすじをネットで調べて、さも全部読んだかのような振りをして適当な感想を言うと、彼は満足そうな顔をして「そうだろう? 本当に素晴らしいよな」と言って喜んだ。阿佐美高校に入学してから二度目の春を迎え、お互いの学年を一つずつ上げると、難関大学を目指す彼は、部室に足を運ばなくなり、私たちは自然と疎遠になっていった。
阿佐美高校では二年に進学する際、文系進学クラス、理系進学クラス、普通クラスに分けられることになっていて、文系の私と綾芽は引き続き同じクラスとなり、理系の悠介だけ別のクラスになった。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能な綾芽は、否応なしに先生たちや生徒たちの注目を浴びる存在と成り、テニス部に於いても生まれ持ったカリスマ性を存分に発揮し女子テニス部の次期部長と噂され忙しい日々を送っていた。それにもかかわらず、成績は常に学年トップクラスを維持しており、そのオーラは男女問わず、多くの者たちを強烈に魅了していた。綾芽の周りには常に取り巻きたちが、誘蛾灯に誘われる蛾のように群がっていた。特に、クラスメイトの
昨年に引き続き、テニス部は、経験者を含めた多くの新入部員たちの獲得に成功し、「期待の世代」と囁かれた新二年生たちも期待以上の成長を遂げ、阿佐美高校テニス部は、男女ともに、インターハイ出場もあり得るのではないかと、専ら噂になっていた。悠介と綾芽がレギュラー入りを決めたという話は、瑞樹と紗理奈から聞き知った。私が、悠介と綾芽から故意に距離を置くようになってから、綾芽は、私が居るところでテニス部に関する話をしなくなった。彼女なりの気遣いだったのだろう。私は、その気遣いでさえ、高みから見下ろされているような気がして、素直に受け止めることができなかった。ゴールデンウィークが明けた頃だっただろうか。大切な話があるから二人で話す時間をつくってほしい、と綾芽に頼まれた。ああ、きっと、悠介と綾芽は付き合うことになったのだろう、と思った。私の奥底に封印されていた筈の悠介に対する執着心が、古傷を抉るようなずくずくとした疼痛を伴って蘇るのを感じた。「いやだ……聞きたくない」心が、躰が悲鳴を上げた。
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