第一幕ー21
鬱陶しいほど澄んだ青空が私の頭上に広がっていた。足元に転がっていた小石に躓いた私は、腹いせにその小石を思いきり蹴り上げた。小石が虚空を突き破り、そこから血の雨が降り注げばいいのにと願った。小石は、二、三メートルほど地上に昇ったところで、地面に引き寄せられ、ころころと地面を這いずり止まった。若者向けのファッションビルや飲食店などで賑わう錦糸町駅周辺から少し裏通りへと足を踏み入れると街の雰囲気が一変した。汚水に浸って暮らしているうちに、汚水と清水との区別さえつかなくなったような渾沌が大気中に充満しており、私は軽く吐き気を催した。南口改札口から十分ほど歩いたところでトートバッグの中のスマートフォンが振動し、私は足を止めた。
――予定より早く着いちゃった。先に入って待ってるね
綾芽からのLINEトークだった。綾芽がプロフィール画像にしているラケットバッグは、悠介が愛用しているラケットバッグと同じスポーツメーカー社製のものだ。お揃いのラケットバッグを背負って下校する二人を、私は文芸部の部室の窓から何度も見ていた。私は、時が止まったかのように、そのまま其処に突っ立っていた。何十人もの人たちが、工事現場のカラーコーンを避けるようにして私の横を忙しなく通り過ぎて行った。
『そんなところで突っ立っていたところで、逃げられやしないんだよ』
どこからともなく声が聴こえてきた。意を決した私が踏み出した一歩は、いったい何処に向かっていたのだろう。五階建ての古びた雑居ビルの前で、インド人らしき男性がビラを配っていた。彼は、私を見るなり、
「インドのカレーおいしいよ。おじょうさん、食べていかない?」
と笑顔で話しかけてきた。私は、彼に友達と待ち合わせしていることを伝え、ビルの名前と喫茶店の名前を伝えた。
「ああ! そのみせなら、このビルの二階のおくね! おちゃしたら、おともだちとカレー食べにきてね!」
と言って、彼は笑顔で手を振った。
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