第一幕ー18
結局、私は、テニス部を一カ月で辞めた。阿佐美高等学校のテニス部のレベルは強豪校と呼ばれるほどではなかったが、顧問の先生も生徒たちも熱心で、多くの体育会系の部活動で問題視されている先輩による後輩いびりなどもなく、とても雰囲気の良い部だった。この年の新入部員はテニス経験者が多く、期待感から、部員たちの士気が上がるのを感じた。綾芽もレギュラー選手候補の中の一人だった。私はと言えば、私を含めた三人のテニス未経験者の子たちと一緒に、コートの隅で素振りなどの基礎練習を繰り返すだけだった。私以外の二人はやる気に満ち溢れていたが、私には向上心の欠片もなかった。隣のコートで練習をする男子テニス部の様子ばかりが気になってしまい、少しでも上達するようにと熱心にアドバイスをしてくれる先輩の言葉も耳障りで、右から左へと通り抜けていった。私たちが入部してから一カ月が経過した頃、私以外の二人の未経験者の子たちは、努力の甲斐あって全体練習に参加できるレベルにまで上達した。私は、顧問の佐藤先生に呼び出され、「女子テニス部のマネージャーをやってみないか?」と言われた。端から興味などなかった部活なのに、遠回しに戦力外通告されてみると、私の中のどこに眠っていたのかわからないちっぽけな自尊心がむくむくと頭をもたげ、八つ当たりに似た怒りの感情がちくりちくりと私の心を痛めつけた。きっと、佐藤先生は、私にやる気がないことなどお見通しだったのだ。皆の士気が上がっている中、やる気のない部員など辞めてくれた方が良いと思っていたに違いない。どうせ厄介者と思われているのならば、わざと嫌われてやろうと思い、私は、思い切って、
「女子テニス部のマネージャーはやりたくありませんが、男子テニス部のマネージャーならやりたいです」
と言ってみた。その言葉を聞いた佐藤先生の表情がみるみるうちに強張り、
「男子テニス部のマネージャーはもう定員オーバーだし、皆、元はテニスをやっていた子たちだから、山中さんには、少し難しいかもね」
と、唾を吐き捨てるように言った。「そうですか」と答えた私の声が虚空に舞い、砕け散った。
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