第一幕ー17

 私の四歳年下の妹の晴花はるかは、生まれつき体が弱く、同年代の子どもたちよりも成長が遅かった。そのため、私の両親は、妹が生まれてからというもの、ずっと彼女に付きっきりになって世話をした。それまで、過剰な愛を注がれて過保護に育てられてきた私の立場は一転した。急に自立を強制された私の中で生じたのは、困惑と、妹に対する憎しみの感情だった。私にとって妹は、邪魔な存在以外の何物でもなかった。両親から受けていた愛情を喪ってしまった私の中では、「甘えたい、愛されたい」という欲求の塊が日に日に大きくなっていった。気付けば、私は、その代償を悠介に求めるようになっていた。悠介を独り占めしている時間だけが、私が私でいられる時間だった。そんな時、綾芽が現れた。突如、私の目の前に現れた美しい薔薇の花。私は、鋭い棘の生えた茎でぐるぐると吊し上げられるような痛みを覚えた。私は、私のかけがえのない人を、再び盗られないように、悠介の心が綾芽の方へ向かぬよう阻止することだけを考えて生きていた。そんな折、妹の持病の症状が悪化した。私が、悠介たちと遊びに行こうとすると、母はあからさまに不機嫌になった。

「自分の妹が苦しんでいる時に、友達と遊びに行くだなんて、なんて薄情な子なの?」

 母は眉根に皺を寄せながら吐き捨てるように言った。正直、妹のことなんてどうでも良かった。私は、悠介と綾芽を二人きりにさせたくなかった。どうせ、父も母も妹のことばっかりで私のことなんて愛しちゃいない。どっちが薄情だ? どうせ嫌われているのなら、母の嫌味なんて無視して悠介に会いに行けば良かった。なのに、できなかった。これ以上父にも母にも嫌われたくなかったのだ。結局、私は、妹のせいで、小六の夏休みは、一度も悠介に会いに行けなかった。そして、私が不在の間、悠介と綾芽は、私に内緒でテニススクールの見学に行ったりしていたのだ。他にも、私の知らない二人だけの思い出があるに違いない。私は、喉にせり上がってくるものを堪えながら、

「いいよ。入部するかどうかはわかんないけど」

 と、偽りの笑顔を拵えながら言った。綾芽の顔に安堵の色が浮かんだ。

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