第一幕ー25
「ゲーム 阿左美、ゲームカウント ファイブオール!」
正審が高らかに声を上げた。ゲームカウントが五ー五で並んだ場合は、二ゲーム連取しなけらばならない。両校の勝敗を決める重要な場面に立たされ悠介は何を思っているのだろうか? 私が、悠介と同じ立場に立たされたら、きっと、プレッシャーに圧し潰されてしまうだろう。
『俺さ、注目されればされるほど、テンションだだ上がりになるんだよなっ』
三人でテニス部に入部したての頃、悠介が言っていた言葉が私の頭を過った。コート上の悠介を見遣ると、悠介は嬉しそうに顔を上気させ小刻みに足踏みをしながら、相手チームのサーブを待ち構えている。ああ! 悠介はプレッシャーに圧し潰されるどころか楽しんでいる! 私は、そんな彼に憧れ、恋焦がれた。自分に自信を持つことができず、何をするにもびくびくと怯えていた私の手を引き、いつも私をリードしてくれた、私だけの王子様。封印していた彼への甘い恋慕の情が喉元までせり上がり、思わず、「あ……」という声が漏れた。プレッシャーに弱い選手なのか、秋島学園の選手のサーブミスが相次ぎ、阿佐美高校が一ゲームを先取した。両校の選手たちの実力はほぼ互角。より冷静に、プレッシャーに圧し潰されなかった方が勝利を手にするだろう、と、私の隣に座っていたテニス通っぽいおじさんたちが、得意気に実況中継をしていた。一ゲーム先取して勢いに乗った阿佐美高校は立て続けにサービスエースを決め、相手チームが立ち直る隙を与えず一気に畳み掛けた。
「ゲーム阿佐美、五ー三、阿佐美リード!」
正審の声が、透き通るような青空へと吸い込まれていった。スカイブルーのTシャツを身に纏った秋島学園高校の部員たちは、神に祈るようにして両手の掌を胸の前で合わせている。涙ぐんでいる女の子たちもちらほらと見受けられた。
「フィフティーン ラブ!」「フィフティーン オール!」「サーティー フィフティーン!」正審のカウントが宙を駆け巡る。会場内から、歓声と嘆声が湧き上がる。
「フォーティー フィフティーン!」
阿佐美高校のマッチポイントを迎え、騒めいていた会場が水を打ったように静まり返った。檸檬色のテニスボールがセルリアンブルーの空高く舞い上がった。悠介の鍛え上げられたしなやかな身体から打ち出されたテニスボールは、サービスラインギリギリのところに着地し、バウンドし、秋島学園高校の選手の後方へと転がっていった。副審が右腕をまっすぐ前に出す動作をすると、正審が、
「ゲームセット アンド マッチ 阿佐美高校 二ー一」
と、高らかに宣言した。選手たちは、互いの健闘を称え合い握手を交わすと、仲間たちの元へと帰って行った。私は、仲間たちに囲まれ祝福される悠介の姿を、離れた場所からじっとりとみつめていた。部員たちは勝利の喜びを皆で分かち合うように、ハグをしたり、記念撮影をしたりと大騒ぎだった。その間隙を縫って、悠介と綾芽が群れから抜けた。私は、二人に気付かれないように、二人に背を向け、逃げるようにして運動公園を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます